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5 posts from April 2006

2006.04.25

「文脈の崩壊をもたらす"小集団化"と"右脳ブーム"」

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回はここ数年来思っていたことと、昨今の流行を合わせて原稿にしたためてみました。
間違いなく、今日の日本人はコミュニケーション能力が落ちてきていると思います。
回復のキーワードは標題にある「文脈」構成力であるというのが金森の持論です。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

 最近「何の話をしているのかわからない人々」にしばしば遭遇する。筆者は仕事の幅が広いせいか、様々な人々と出会う。すると、出会った人々と「会話が成立しないケース」が少なからず発生する。どうやら、人々の「会話の仕方」が変わってきているように思えてならない。

■「言わずもがな」のムラ社会化も一因

 日本語はもともと「主語を省略しても内容が伝わる」という特性を持っている。しかし、最近は「主語を省略する」傾向が一層加速しているようだ。

 その一因として「専門領域の細分化(=専門特化)」「趣味・嗜好の多様化(=細分化したコミュニティーの発生)」「年代間の差異性の細分化」などで、同質の特性を持った集団(セグメント)が形成されていることが挙げられる。「小集団内」であれば、会話の主語は「言わずもがな」なので、問題を引き起こさない。しかし事情がわからない人がこうした「小集団」に入り込んで会話をすると、「何の話をしているのかがわからない」ということになる。

 「主語の省略」と同様、クセモノなのが「ワンフレーズ化」だ。筆者はあるマーケティングの講義で「このケースで企業の成功理由を説明してください」と問い掛けた。すると、受講生の回答はたった一言、「顧客満足!」であった。

 質問の意図は「どのような状況に、どのような施策が選択・実施され、成功に至ったのか説明せよ」である。確かに「顧客満足を獲得したこと」は成功の主要因ではあるが、そこに至る過程を省略してしまったら解答とは言えない。

 しかし、当の受講生は自らの答えに満足気だ。確かにマーケティングのクラスという「小集団」では、そのワンフレーズで途中の過程を推測できる。しかし、「推測を加えて理解できる」では、本当の意味で「説明した」とはいえないだろう。

 「主語の省略」と「ワンフレーズ」は小集団においてのみ、成立するコミュニケーションだ。しかし、それは「言わずもがな」が通用するムラ社会に限られている。社会で多様な小集団が多数構成されていくのに伴い、「隣ムラ」との会話はますます成り立たなくなっていくわけだ。

 文脈を構成しようとするのは「相手にきちんと伝えようという意思」の表れだ。しかし、居心地の良い小集団に身を置いている限り、その努力の必要はない。社会の細分化→小集団化→集団内でしか成立しない会話→「文脈力」の欠如→他人への働きかけの欠如→自己中心的・自己満足社会の拡大?? 何やら社会の危機を感じざるを得ない。

■最近はやりの脳力開発ブームへの疑問

 こうした「文脈力」を軸に考えると、最近の「脳力開発ブーム」にも何となく危うさを感じる。アンチエイジング(抗加齢)や教育など、ブームの背景は様々だ。しかしゲームソフトの内容を見てみると、ほとんどが「右脳強化」を目的としたものであることに気がつく。

 「右脳」はイメージ、直感、芸術性、創造性、潜在意識などを司っており、右脳を強化することで芸術的な感性やアイデアも開花するといわれている。しかし、「文脈を構成する力(=相手にこちらの意図を伝えようとする力)」を司るのは言語認識、論理的思考などを処理する「左脳」だ。左脳を置き去りにした脳力開発。ここでも「相手に意思を伝える力」という観点が欠落しているように思える。

 「文脈力」はこまぎれの知識からは生まれにくい。例えば、日本語能力の向上という意味では、平成4年から始まった「漢字検定」がある。年を追う毎に受験者数は増え、10年間で200万人を突破した。しかし「漢字検定」はあくまで読み書きの能力を測るものであり、文章の構成力を問うものではない。日本の学生の数学(算数)では「数式を解く能力の低下」ではなく「文章問題の文脈を理解する能力の低下」が指摘されている。「漢字能力」と「文脈力」の関係と、「計算力」と「文章問題を読み解く力」の関係――いずれも問題の本質は同じではないだろうか。

■美しい日本語・正しい日本語を鍛えるには

 「文脈力」の訓練は、文章を書くことに尽きる。「書く」という行為は不特定多数の人に理解してもらおうと努力するが故に、「相手が理解できるようにする」ため文章の構成に力を注がざるを得ないからだ。

 「文章を書く機会は昔より増えている」との反論もありそうだ。本当にそうだろうか? 流行のブログ(Blog=日記風簡易ホームページ)は、「誰が読んでくれるか分からないけど、とりあえず思ったことを書いてみよう」と文章を綴るのでは訓練にならない。「モノローグ」には「人に何か伝えよう」という意識はないからだ。

 「携帯電話からのメール」は「特定の相手にのみ向けられたメッセージ」である故に、思いついたことを打ち込んでいるに過ぎない。文章を書くのとは、頭の働きは全く異なる。

 パソコンや携帯は打ち込む時間も短縮できるし、頭に浮かんだことを次々と文章にできる。しかし、「書く」は原稿用紙のマス目をカリカリと埋めていくことが基本だ。それは頭に浮かんだことを腕とペンを使って、文字として出力していくという手間のかかる作業。ある意味、肉体労働だ。アタマでは何度も「この表現で正しいのか? 人に伝わるか?」という推敲の作業が行われている。

 ところがペンと原稿用紙がパソコン・携帯に置き換わったとき、そうした思考回路は脇に押しやられる。手軽さと軽便さの裏返しとして「読み手に伝えようとする意識」が希薄になり、「文脈力」はないがしろにされてしまう。

■「文脈力」欠如は過度のコンピューター依存の産物?

 コンピューターは情報の処理はできるが、ストーリーを組み立てることはできない。それは人間の役目だ。しかし、その人間の側が情報処理とストーリー構成を連携させる能力を喪失し始めている。急増する陰惨な事件も「この行為によって、どのような結果が引き起こされるのか」という因果関係をイメージできなくなっていることが一因ではないだろうか。

 コンピューターの普及に伴い、私たちは以前では考えられないほどの情報にさらされている。当然「情報処理のため」脳を使う場面は増えた。いきおい、左右の脳の連携という脳の一番大切な機能を十分使わなくても済む場面が増えている。

 社会のデジタル化は今さら止められないだろう。だからこそ右脳だけでなく、左脳を鍛える機会こそもっと増やすべきなのである。今日の右脳ブームは、「感性」「創造」を無視した「左脳偏重教育」の反動でもてはやされている側面が強い。しかし、それではバランスのとれた脳の教育にはならない。「読み手に伝えようとする意識」を持ち、論理構成力・文脈構成力を養うには左右の脳をバランス良く鍛える教育機会「文章を書く」の重要性を見直す必要がありそうだ。

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2006.04.24

W-ZERO3:歴史は繰り返す?

インターネット上のBlogに記載されている話題の検索とランキング情報を提供している「テクノラティ」。
http://www.technorati.jp/home.html
そのランキングが発売前からトップ10の常に上位にランキングされているのが、ウィルコムの「W-ZERO3」だ。
W-ZERO3→http://www.willcom-inc.com/ja/lineup/ws/003sh/

PHSであるが、通話だけでなく(というより通話はサブ目的か?)、本体に大画面とスライドして出てくるキーボードが付いており、メールを打ったりするだけでなく、オフィスアプリケーションも使用できる。無論、スケジューラーも付いている。ついでに133万画素のカメラも付いているし、無線LANにも対応できる。とにかくパソコンいらずのオールインワンマシンなのです。

新しい物好きの金森が反応しないわけがない。発売と同時にヨドバシに行き、展示実機を触りまくった。
しかし、何度かハングアップするという事態に遭遇し、「うーん、初期ロットはあぶないなー。もう少し待とう」。と考えたのでした。

そうこうしているうちに、だいぶ時間が経ってしまったのですが、実際のユーザーの方の使用感が聞けました。曰く、「通話もする以上、電話がかかってきたときのことを考えると、ジャケットの内ポケットに入れることになる。そうすると、その大きさと重みでジャケットのシルエットがひどく崩れてしまう」というのです。しかし、前述の通りの高機能。それを犠牲にしてもあまりあるメリットを享受できるのではないかと聞いてみました。すると、「キーボードが付いているからといって、その小さなキーでガンガン入力することはできないし、やはりPCいらずというわけにも行かない。PCやスケジューラーなら鞄にしまっておけるが、中途半端な物をいつもポケットに入れている感じで快適ではない」とのことでした。

そういうことなら、最近の携帯電話も全般に同じようなことがいえないだろうか。通話とメールという最低限のコミュニケーションと多少の携帯サイトのブラウジングという機能に加え、カメラはどんどん高画質化していき、音楽も聴けるようになり、お財布機能も付いた。しかし、全般に大型化している。

ここまで考えたとき、金森はバブル時代に持ち歩いていた「システム手帳」を思い出した。当時は大振りなシステム手帳にペンケースや電卓、財布、リフィルにはめったに使わない地図(何と外国の都市の物まで!)などがオールインワンにセットされ、それをむき出しで持ち歩くのが流行っていた。しかし、何をするにも決して持ち歩きやすくないそれを携行せねばならず、ある日「あれ?ペンケースや財布は別々な方が便利だな」「リフィルも最低限の物だけしか使わないから普通の手帳の方がいいな」「電卓も外で使う事なんてめったにないな」と気付いてしまったのでした。隠してあえなく使用中止。

さて、今、金森はどんな携帯を使っているかというと、ドコモの「ProsolidⅡ」→http://www.nttdocomo.co.jp/product/concept_model/prosolid2/index.html
カメラなし、音楽も聴けない。しかし、超薄型で軽量。メールの打ちやすい大きめのキーが特徴です。

そうなんです。ノートパソコンはPHSカードをさして常時携帯。タウンウオッチャーとしていつも小型のデジカメも持ち歩いていて、画素数も性能もどんな携帯よりも当然上。ミュージックプレイヤーも持っているし、スイカは吉田カバン製の革のケースに入れて胸のポケットにしっかり収まっている。となると、携帯はこれで十分なのです。

歴史は繰り返す。パンパンに色々な物が詰め込まれたシステム手帳よりバラバラな専用品が結局使いやすかったように、携帯もこれ以上肥大化して欲しくないなぁ、と思ってしまう今日この頃でした。

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2006.04.20

私事ですが、、、

オフィスを移転しました。
開業より1年間、人様のオフィスに間借りして仕事をしてきましたが、個室のレンタルオフィスに入りました。
画像をご覧頂くとお分かりの通り、非常に狭いです。何と1坪!エレベーターぐらいの広さというか、独房というか・・・。
まぁ、「人間、立って半畳、寝て一畳」といいますが、二畳(一坪)あれば仕事はできるもんですね。

ただ、レンタルオフィスにありがちなビンボったらしい雰囲気がいやだったので、備え付けの机、イスは撤去してもらい、かなりこだわって什器を揃えました。

机は1940年代英国製のライティングビューローです。幅65センチと小さくて、机が閉じられるので便利です。
ちょっと作業スペースが足りないときや、一応、一人ぐらいは来客を迎えられるように、ガラステーブルを横に備えてあります。
来客用のイスも1940年代英国製の折りたたみイスです。(これはちょっと珍品らしいです)。
イスはジウジアーロデザインのContessa、ライトはアルテミデのTOLOMEO 。
あと、狭い部屋を少しでも視覚的に広く見せようと大きな鏡のパーテーションを部屋の角に立てかけました。

というわけで、この二畳間から、これからも皆様に情報を発信していきたいと思います。

ちなみに、住所は以下の通りです。

〒105-0004
東京都港区新橋二丁目16番1号ニュー新橋ビル7階
ハローオフィス新橋A-8

※新橋をご存じの方は「えー?あのニュー新橋ビル?」と思われるかもしれません。
JR新橋駅から徒歩5秒の好立地ですが、このビルの地下2階から4階までは飲食店やパチンコ屋、ハンコ屋、印刷屋、金券ショップやマッサージ屋、果ては風俗店まで入っているかなり怪しいビルなのです。
でも、意外に知られていないのが5階から9階まではオフィスになっているんです。割と小さめの部屋を貸しているので、弁護士事務所や行政書士事務所、特許事務所、会計事務所とか堅めの所が多いですね。(他のフロアはまだ探検してませんが、少なくとも私のいる7階はそうです)。
慣れると、結構飲食店は安いランチもあるし、ちょっと休憩に喫茶店に行ったりと結構便利なもんです。

お近くによられた際には是非、お立ち寄りください。

Img_0719


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2006.04.13

伊東屋後日談

後日談です。

先日の対応をBlogに書き込んだことを、伊東屋のWebmaster宛に以下のようにメールしたところ、僅か1時間半でお礼のメールが届きました。
売り場から、WEBまで顧客対応のプロセスがしっかりと設計され、確実に実行されている点に改めて感心しました。

---------------------<以下、金森から送信したメール>--------------------------

先日、貴社銀座店で感動のサービスを受け、思わず自分のBlogに書き込みました。
よろしければ、ご参考までご覧ください。

http://kmo.air-nifty.com/

4月10日の書き込みです。

ちなみに、この日、「タダ」でもらっただけでなく、
モールスキンのノートを3冊購入しましたのでご安心を。

-----------------------<以下、銀座伊東屋からの返信メール>------------------------

金森 努 様

平素は格別のお引き立てを賜りあつくお礼申し上げます。

 私は伊東屋中2階売場責任者の○○○(注:個人情報につき金森が削除)と申します。

 金森様のBlogを拝読させて頂きました。

 この度は品物のご用意がなくご不便をお掛けしたにもかかわらず、
過分なるお褒めのお言葉を頂戴し大変 恐縮に存じます。

今回承りましたのは××××という者でございます。
早速、本人に伝えましたところ、恐縮するとともに大変喜んで
おりました。金森様のお言葉は××にとりまして何よりの励みで
ございます。

 この度のお言葉を糧にお客様に気持ちよくお買い物をして
頂ける様、一生懸命努力いたしていく所存でございますので、
今後も伊東屋をご愛顧の程 何卒 よろしく お願い申し上げます。

2006年4月10日 
株式会社伊東屋 △△△課 責任者 ○○○

 

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2006.04.10

一消費者として感動したサービス

金森はいつも”Tim Johl”というブランドの革のケースに入った手帳を肌身離さず持ち歩いています。
これ、コラムや各種原稿、企画書その他のネタ帳で、何か思いついたらすぐに取り出して書き留めるようにしているのです。もうかれこれ5~6年前に銀座伊東屋の中二階で買いました。
ところが、うっかりと手帳のリフィル(メモ帳本体)のストックが切れていたことに気付きました。
あわてて、伊東屋へ。しかし、現在は店頭に出している商品ではなく、リフィルの在庫もないため、外国製ゆえ取り寄せに2~3ヶ月かかるとのこと。。
ネタ帳無しに2~3ヶ月も過ごせるはずもなく、さりとて手になじんだネタ帳でなければ、まとまるアイディアもまとまらなくなるような気が・・・。

どうしようと途方に暮れていると、伊東屋の店員さんがリフィルがないので陳列していなかったが、新品が1つだけ在庫としてあったので、このケースだけ残して手帳本体(リフィル部分)をタダで差し上げます。とのこと。
「ご愛用いただいているお礼」と担当氏は言っていましたが、久々に感動しました。

こういうのを「真実の瞬間」っていうのでしょうね。
「CSの向上」という掛け声はどの企業でもさんざん語られていますが、業務の中でどの程度実践できているのでしょうか。
元々、私はステーショナルマニアなので、「伊東屋の品揃え」には惚れ込んでいkましたが、「伊東屋の接客」で感動したのは初めてでした。

「真実の瞬間」とは顧客が企業に対して好意、中立、嫌悪のいずれかの態度を決定づける出来事を指しますが、金森の「伊東屋ロイヤルティー」は、この手帳の件をきっかけに、「品揃え」だけでなく総合的なものに変化したのでした。

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