「観光地の金太郎飴化を防ぐ“ブランドステートメント”のススメ」
日経BizPlusの連載が更新されました。
今回は「一観光客の視点」と「マーケターの視点」をミックスさせて書いてみました。
金森は旅行好きなんですねー。
なかなか時間がなくて海外とかは行けませんが・・・。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm
----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------
柳に若葉が芽吹き、気の早いソメイヨシノがほころび始めた先週末。世間は春休み。溜まりに溜まった家族サービスのツケを清算すべく、筆者はスギ花粉の攻撃におびえながらも、西へ東へと短期間に小旅行を重ねた。そして旅行先でまた、奇妙な光景が見えてきた・・・。
■安・近・短の観光地が金太郎飴化!?
一つは都心に近い観光地の定番、箱根。交通アクセスもよいため、筆者は頻繁に訪れる。メインは登山電車やケーブルカー、ロープウエー、遊覧船などの乗り物と名所・旧跡巡りだ。
少し奥まったエリアにも温泉施設などがあるのだが、四季を通じて集客できるこれといった観光資源がない。かくしてそのエリアは、当地とはあまり縁のない、美術館や流行の“南仏風”ミニテーマパーク、体験型クラフトハウスが軒を並べるようになった。
筆者はすぐ近くの河口湖でも、同じような風景に出会った。こちらの売り物は富士山を望める大遊園地と、湖を取り巻く温泉街だ。
箱根は数年前から増えている日帰り観光客をどう引き留めるかに腐心している。その回答が前述の観光施設なのだろう。河口湖も事情は似たようなものだ。高速道路のアクセスが良いため、遊園地で遊ぶだけなら自家用車か高速バスで十分日帰りできるからだ。
どちらの観光地も客を一晩泊めて、翌日も金を落としてもらうようにするのは並大抵の苦労ではないだろう。かくして、何か翌日も楽しく過ごしてもらうアクティビティーが必要となる。観光地間の集客競争がし烈を極めるご時勢。その土地とは関係ない観光施設でも、他で成功しているものがあれば、模倣してしまうのは人情というものか。かくして、同じような美術館やミニテーマパーク、クラフトワーク体験などが全国のあちこちで増殖することとなる。
■薄れゆく旅のエッセンス
旅行に関する格言をひも解いてみると、その多さに驚く。イギリス生まれのエッセー作家で「宝島」「ジキル博士とハイド氏」で有名なスティーブンソン・ロバート・ルイス(Stevenson, Robert Louis:1850~1894)は、「希望に満ちて旅行することは、目的地にたどり着くことより良いことである」と旅の本質を洞見している。ドイツを代表する詩人・劇作家・小説家・哲学者であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe:1749~1832)は「人が旅をするのは到着するためではなく、旅行をするためである」と述べている。
かつて旅行は手軽なものではなかった半面、見聞を広めながら、本人の内面を深く洞察する目的もあったと思われる。「旅行をしてどんな目的を達成するか(何をするのか)」が問題ではなく、「旅行は手段であって、その過程で何を得られるか」が重要だった。つまり、今日の旅行とは手段と目的が逆なのだ。
一方、19世紀イギリスの評論家・美術評論家であるジョン・ラスキン(John Ruskin:1819~1900)は、旅行が簡便になった今日を予見したような「全ての旅行はその速度が正確に定まってくるにつれ退屈となる」という鋭い言葉を遺している。
そう、旅行とは本来、「その場所に行って、提示されたアクティビティーのメニューを受け入れ、体験する」という型にはめられたものではない。目的地までの過程、目的地でのさまざまな経験全てを通じて、旅行者ひとりひとりがつくり上げていくものだ。人によって、また場所によって、それぞれの旅の形があるはずだ。最後までどんな体験が待っているのか予想できないワクワク感が、人を旅に駆り立てる。そして自らの五感で感じたことやそこでの思索や体験が、やがて心の糧となるのだ。
■「ブランド」構築の観点から観光地を見直そう
全国のあちらこちらで「模倣」が進んだ結果、その商品やサービスがどこでも入手できるようになる。その結果、顧客に新鮮さを与えられなくなり、市場全体が地盤沈下していく――こうした例は枚挙に暇がない。もちろん旅行とて例外ではない。
そうならないためにも、その観光地にどのような魅力があり、顧客にどのように提供できるかを「ブランド」という観点で整理し、ステートメント化(明文化)してみてはどうだろうか。筆者が考案したフレームワークに基づいて考えてみよう。本来、企業ブランドを考える際に使用するのだが、十分応用できるはずだ。
図のように、フレームワークは5つの要素で構成されている。その中心にあるのは「個性」、すなわち、他の地域(通常であれば企業)にはない(そこでしかできない)、その地域の独自性を表す部分だ。ピラミッドの上層にある「価値理念」は、その地域の哲学を表すブランドの価値ともなる部分だが、「その地域は顧客に対してどのような存在であるのか」を明確に定義することが前提となる。
その個性を踏まえて、地域として自信を持って提供できるものは何なのか(「機能的付加価値」)、顧客との各種コミュニケーションを通じてどのような気分にさせることができるか(「情緒的付加価値」)を明確にしていく。両者とも、「その地域にしかできない」、言い換えれば「マネするのが難しい」(模倣困難)ほど強い力を持つ(そのため、それがないなら開発しなければならない)。最後に、これら4つの要素は、どのような顧客に提供するものなのか(「理想とする顧客」)を明確に設定する。誰も彼も「大切なお客様」としていたのでは「強いブランド」にはなれない。いや、ブランドとしてのアイデンティティーが形成できないことになる。図のピラミッドでは、それぞれの要素が相互にどのような関連性を持っているのかを検討することが大切だ。
このフレームワークを埋めていこうとすると、現状では全く定義していない、あるいは新たに作り出さなければならない点が多いことに気付くはずだ。逆に言えば、今までいかに「競合する地域を横目で見るだけで、自分たちの本質を把握していなかったか」が分かるだろう。
交通が便利になったおかげで、驚くほど短時間で、東京から離れた非日常的な空間に立つことができる。しかし、そこに広がっているのがステレオタイプな観光施設であり、「そこならではの何か」を発見できなくなっているとしたら興ざめだ。今回は、一人の旅行好きとして願いを込めて原稿をしたためた。この思いが届いて、再びそれぞれの地域が自らの姿を見直し、旅行者を迎えてくれるようになれば幸いだ。