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5 posts from February 2006

2006.02.25

起業本にコラムを寄稿

左の「書評」のコーナーにもアップしましたが、元電通EYE社長の脇田 直枝さんの本、「 あなたの商品を金の卵に変える方法」(宣伝会議)にコラムを宣伝会議社からの依頼で寄稿しました。
起業本としては「初心者向け」なイメージで、非常に優しく書かれています。
その中で、金森のコラムはちょっと辛口で浮いている感が・・・。

金森のコラムは以下の通り。

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起業家のための効果的な戦力分析法

3CやSWOTなどで自己の戦力分析を行なったとしても、それはあくまで「主観的な分析であること」に留意が必要です。起業は、不安もありながら希望に満ち、楽観的な判断に偏りがちです。本章にもあるように、「冷酷な眼」は経営者への第一歩です。
 さらに、「立ち上げたものの続かない」とい事態は最悪です。会社が建ち行かなくなり、短期で倒産や精算という憂き目を見ることになります。それを避けるためは、「ビジネスモデル」を分解して「ストラテジー:どれたけユニークで模倣困難であるか」「レベニュー:継続的な収益性は確保できているか」「オペレーション:無理なく継続的な業務運営フローが確立できているか」のバランスをチェックすることが肝要です。どれ一つでも欠けても事業としては破綻します。そのためには設立準備にいかに周到な準備をし、ビジネスモデルを固めつつ、水面下でクライアントを数社確保しておくことが必要となります。それができれば、会社はロケットスタートでき、一気に軌道に乗るでしょう。「起業したい」という思いだけが先行することは避けねばなりません。
 加えて重要なのは、「顧客視点」の裏付けを取ることです。昨今インターネットのパネル調査などは、短期・安価に「顧客の声」が収集できます。主観的な分析だけでなく、顧客の「受容性」といった客観データの収集でビジネスモデルの見直しをすることが成功への近道です。「顧客の声に耳を傾ける」ことが商売の基本のことは、今も昔も変わりありません。

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2006.02.20

【書下ろし】新興商業施設の生き残り

 「表参道ヒルズ」オープンの日、金森が連載をしている「販促会議」誌を発行している、宣伝会議社で打ち合わせをした。同社は表参道の交差点からすぐの所。「これはいってみるしかないでしょう」と夕闇の広がる頃、表参道ヒルズを目指しました。しかし、周囲には人・人・人・・・。入るための行列もできており断念。(金森は並ぶのが嫌いなんです)。

 翌々日に別件で六本木ヒルズに。金曜の夜だというのに明らかに普段より人が少ない。「もしかして・・・」推測でしかないですが、表参道ヒルズに人がとられているのではないでしょうか?

 表参道ヒルズの超満員はオープンからしばらく経てば沈静化し、六本木ヒルズにも人が戻るでしょうが・・・。

 また、別の日にお台場に行って思ったのですが、なにやら以前に比べて若者(10代~20代前半)とファミリーばかりが目立つような気が・・・。以前はもう少しオトナも混じっていたような・・・。自分が老けたのかなーなどと思いつつも、夕飯を食べようと、予約しておいた「La Cantinetta DELL'ENOTECA PINCHIORRI Odaiba」へ。(→あの名店、エノティカ・ピンキオーリの姉妹店です)。しかし、予約しておいたのがバカバカしくなるほどガラガラ。
 確かに二人で食前酒やらワインやら飲んで、アラカルトで色々食べれば4~5万のこの店は、若者とファミリーには敷居が高すぎるでしょうね。

 ふと考えると、都内の商業施設の開発は今後も目白押し。表参道ヒルズ VS 六本木ヒルズのような戦いももっと激しくなるでしょうし、お台場のように客層がさらに特徴的になってしまうところも出てくるでしょう。そうなると、街自体の集客力が問われることと、テナントとしてどの街に出店するかは各々死活問題になってくるでしょう。

 それがそれぞれ個性ある街作りにつながればいいのですが・・・。

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2006.02.17

「ファッションの同質化現象を考える~個性喪失と安心感の狭間で~」


日経BizPlusの連載が更新されました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm

同サイトが動的サイトになったため、バックナンバーにうまくリンクできなくなってしまうので、文末に本文を転載します。但し、最新号はリンクをクリックして本サイトで読んでいただいた方が、図表やイメージフォトがあったり、構成もきれいなのでそちらをお勧めします。

バックナンバーのリンク切れは徐々に修復します。

さて、今回のコラム。「金森はついにファッションにまで口出すようになったのか!」と思われるかもしれませんが、お伝えしたかったのは、「大衆社会と社会構造、さらになんとなく時代を覆っている不安」というものをファッションの切り口から書いてみようということでした。
日経のデスクから、「芥川龍之介のいう『ぼんやりとした不安』を想起させる」と過分なお褒めの言葉を頂いてしまいました。←ほめられすぎ・・・。

では、以下はバックナンバー用の本編を転載します。

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第15回「ファッションの同質化現象を考える~個性喪失と安心感の狭間で~」(2006/02/17)

 景気がめでたく回復し、消費も順調に伸びているようだ。しかし、階層社会の到来がささやかれ、生活者は将来に不安を抱え、モノの購入にもどこかおっかなびっくりの観が否めない。そんな生活者の消費の姿を、今回はファッションの世界から追ってみたい。

■ 「丸ごと購入」と「我も我も」現象

 アパレル業の方から興味深い話を伺った。最近、そのブランドショップに来て、ファッション誌の切り抜きを提示して、「これと同じコーディネートを一式ください」と、「丸ごと購入」していく顧客が増えているという。

 筆者は色気づく年頃になってから今日まで、ファッションに関しては自分流の「こだわり」を持っている。数多の選択肢の中から自分に合ったものを見つけ出し、その組み合わせの妙を楽しむ。ファッションとはそうしたものだと信じて疑わなかった。「丸ごと購入」は信じ難い行為だ。

 別の機会にシューズショップの方からも面白い話を伺った。「Dragon Beard」というスニーカーブランドがファッション誌で紹介されるや否や、凄まじい勢いで問い合わせや来店が相次いだという。同ブランドは「世界に通用する日本発のスニーカー」をコンセプトに、シンボルのDragon Beard=龍のひげを靴の側面に配したユニークな商品だ。確かに人気が出そうな商品ではあるが、これほどの「我も我も」という勢いは、今まで経験したことがないという。

 「丸ごと購入」と「我も我も購入」――この二つをどう考えるべきだろうか。一つの仮説として、モノが溢れかえったこの社会において、無限の選択肢を前に「選ぶことに疲れた生活者」の姿と見ることができる。「ファッション誌のお墨付きのコーディネートなら安心」「皆が欲しがっているシューズなら間違いないだろう」という感覚なのだろう。それでなくても、個々の生活者はまだまだ消費に対して慎重であり、買い物で失敗したくない。雑誌にも載っていて、皆と同じものを買えばリスクヘッジになる。

■「自由からの逃亡」

 「選ぶことに疲れた生活者の姿」。それは同時に嫌なキーワードを連想させる。「自由からの逃亡(Escape from Freedom)」――ナチスからの亡命学者、エーリッヒ・フロムが1941年に、ドイツのナチズムの発生を心理学的に分析した社会心理学の古典である。「なぜ自由から逃避して全体主義に向かおうとするのか」。その答えは次の記述にある。『自由は近代人に独立と合理性を与えたが、一方個人を孤独に陥れ、そのため個人を不安な無力なものにした。この孤独は耐え難いものである。人は自由の重荷から逃れて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性に基づいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる』。二者択一の結果、思考停止状態になって、当時人々がナチズムという全体主義に傾いていったのは、歴史に刻まれているところだ。

 商品企画者やメーカーは「いかに他と差別化できるか」と思慮を巡らし切磋琢磨(せっさたくま)する。そうして今日の豊富な製品市場が形成されてきた。ところが、選択肢があまりに多いと生活者は選ぶことに疲れ、やがて「人と同じなら間違いはないか」と思考停止に陥る。生活者が選択の自由から逃亡し同質化を望むようになれば、市場の多様性は失われる。その果てに待っているのは、皮肉にも「選択肢の狭小化」だろう。

 折しもメーカーは効率化のため、製品ラインナップの絞り込みに走っている。ヒットを出せたメーカーはその商品ラインに集中し、それ以外のラインを縮小することで効率化を図れる。他メーカーは二匹目のドジョウを狙い、ヒット商品に類似したモノを投入してそこに注力し、他のラインを縮小する。ただでさえ日本人は、「皆と同じようにしていれば安心」と思う国民性を持っている。かくして、「同質化した生活者」がそこここに大量発生する。昨今の購買行動に、何かSF映画に出てきそうな不気味な世界の予兆を感じてしまうと言ったら、うがち過ぎろうか。

■そもそもファッションって・・・

 こと、ファッションや流行に関する格言を捜してみると、その数の多さに驚く。

 フランスの詩人・思想家であるポール・ヴァレリー(Paul Ambroise Valéry:1871~1945)は、『流行とは、人目につきたくない人が、人目につきたい人を模倣することだ』と洞見している。デザインの神様であるココ・シャネル(Coco Chanel本名Gabrielle Bonheur Chanel:1883~1971)も、『ファッションは時代遅れを作るために作られる』という、アイロニーに満ちた言葉を遺している。

 著書「幸福の王子」で有名なアイルランド生まれの劇作家、オスカー・ワイルド(Oscar Fingal O'Flaherty Wills Wilde:1854~1900)に至っては、『流行とはひとつの醜さの形であり、とても人を疲れさせるので3カ月ごとに変える必要がある』と痛烈だ。

 これらの言葉から伝わってくるメッセージとは「ファッションは人の真似をしたり流行に乗ったりするだけでなく、オリジナリティーに満ちたものであれ」と解釈できる。高度成長期を経てモノが満ちあふれ、十人十色を超えて一人十色とまで言われるほど多様化した消費市場が形成されている。確かに、まだまだよちよち歩きの景気が個人還元してくれるマネーは少なく、懐の温もりは心許ない。しかし、ことファッションに関しては、人にどのように自分を見せるかという重要な役割を持っている。ファッションの同質化は、ひいては人間性の同質化にさえつながりかねない。

 立春も過ぎた。もうすぐ春がやってくる。新しい服を買う季節だろう。どうやら今年の春物紳士服はパステル調のきれいな色が流行のようだ。ドブネズミと揶揄(やゆ)されたサラリーマンスーツがきれいな色になれば、街の景色も明るくなるだろう。だからといって、それも均質化され、誰も彼もピンクや水色のスーツで歩き回られたら気持ちが悪い。

 さて、この春、読者諸兄はどのような装いをされるのだろうか。


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2006.02.13

”顧客視点”入門講座 第10:顧客視点でブランドを再考する

読者の方から「顧客視点入門講座の第10回が抜けている」とご指摘をいただきました。
・・・確かに第9回の次が第11回になっていました。スミマセン。至急以下にアップします。

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 今号はマーケティングにおいても重要なパートを占める「ブランド」について解説したい。もちろんいつものごとく、「顧客視点」を忘れずにだ。

■ブランドと顧客視点は切っても切れない
 ブランドを考えたとき、顧客視点を忘れれば、企業の独善的な革新運動になってしまう。かつてのCI(Corporate Identity)がそうであった。「企業としてどうありたいか」のみを自社の視点だけで制定していく。そこに顧客視点はない。
 一方、顧客視点においてもブランドを意識せずに、ひたすら「顧客のために」と「お客様は神様です」よろしく対応していたとすれば、それは戦略なき顧客満足追求運動、かつてのCS(Customer Satisfaction)ブームの再来となってしまう。つまり、ブランドと顧客視点は顧客を中心とした車軸の両輪でなければならないのだ。

■マーケティングの変遷とブランドに対する考え方の変遷
 ブランドとひと言でいうと広告などによる「ブランドイメージ」が先行しがちだが、現在では「ブランド論の神様」といわれている、”デビット・A・アーカー”が1994年に発表した「ブランド・エクイティー」から連なる、ブランド三部作といわれる著書によって完全にその位置づけが変容している。つまり、それ以前はブランドとは生活者に「イメージ」を植え付けることが主たる機能であり、短期的視点で考えられた衣装・化粧のようなものとして捉えられていた。また、ブランド・コミュニケーションに費用を投下するのは「コスト」として捉えられていたし、それはすぐに忘れ去れる“フローのコミュニケーション”であるとされていた。つまり、「広告」の視点でしか考えられていなかったのだ。
 だが、現在ではアーカーの提唱した「ブランド・エクイティー」という考え方が広く浸透した。つまり、「ブランドは中長期的視点で企業が”投資”をすることによって、生活者にイメージ訴求するだけでなく”認識”を植え付ける”ストック型コミュニケーション”である」と。その認識の変革によって、ブランドは単なる広告の課題ではなく、経営的な課題に格上げされた。事実、今日ではいわゆる「強いブランド」には数百億を超える価値が付いている。もはや広告だけでどうなるものではないことが分かるだろう。

■ブランドは席が3つしかない「イス取りゲーム」
 では、どうやったら「強いブランド」になることができるのだろうか。それは言うは易しになってしまうが、「イス取りゲームに勝つこと」である。ブランドはまず「そのブランドを知らない」という”未知”の段階から、「知っている」という”認知”の段階に進み、さらに「そのブランドを意識している」という”ブランド想起”の段階に進まなくてはならない。あとは「○○ならこのブランドと決めている」という”トップオブマインド”のポジションが取れればまずはゴールだ。しかし、人があるカテゴリーの商品の購入においてブランドを意識しているという、”ブランド想起”の段階と”トップオブマインド”の中に入れるのは、せいぜい3つといわれている。その3つは”Evoked Set(想起集団)”といわれる狭き門なのだ。

■まずは自社のブランドを顧客視点で捉え直してみること
 「イス取りゲーム」に勝つためには、まずはライバルのことを考えるよりも、自社と顧客のことを起点として考え直すことから考えてほしい。例えば、個々のプロダクトのブランドではなく、コーポレートブランドを考えてみよう。この場合、企業のミッションステートメントと結びついていることが多く、いわゆる社訓・社是と同一化している場合も少なくない。問題はそれが顧客を意識して作られているものであるかどうかだ。
 数十年前の創業社長の言葉をそのまま筆書きし額装して、毎朝呪文のように唱和しているだけではないだろうか。本当にその意味を理解し、顧客と自社の関係を意識して行動のレベルにまで反映させているだろうか。極端に言えば自分自身がそのブランドの一部として行動できているだろうか。そうでなくてはとても「強いブランド」への道など遠いものになってしまう。

■「顧客と共に生きる」ブランド構築のメソッド①
 以下に筆者が前職において仲間たちと開発した、一つのメソッドをご紹介しよう。全体を分かりやすく理解するために、まずは図を見てほしい。ブランドを見直すにはまずはそのブランドを端的に言い表し、全社員が共有できる「ステートメント」として明文化することが重要だ。
 そのステートメントは以下の5つの要素から構成される。
①価値理念・・・その企業の哲学を表す、ブランドの価値ともなる部分。もちろん、ここも「自社は顧客に対してそのような存在であるのか」を明確にすることが中心となる。
②個性・・・他の企業にはない、その企業の独自性を表す部分。自社にしかできない、顧客に提示できることは何かを明確にする。
③機能的付加価値・・・顧客に提供できる物理的メリット。できないことを擅断しても仕方ないが、自社が自信を持って提供できるものは何なのかを明確にする。
④情緒的付加価値・・・顧客との各種コミュニケーションを通じてどのような気分にさせることができるかという、無形の付加価値を明確にする。③も④も「自社にしかできない」という模倣困難性が高いほど強い力を持つ。(そのため、今、それがなければ開発する努力が欠かせない)。
⑤理想とする顧客・・・誰も彼も「大切なお客様」としていたのでは「強いブランド」とはなれない。いや、ブランドとしてのアイデンティティーが形成できないことになるからだ。上記①~④はどのようなお客様に対して提供するものなのか。自社はどのようなお客様のために存在するのかを明確に設定する。

■「顧客と共に生きる」ブランド構築のメソッド②
 上記①~⑤を設定するためには、図のピラミッドでそれぞれのパーツがどのような相互関係を持っているのかを意識して検討していくことが大切だ。しかし、それでもなかなか思い浮かばないのであれば、次のような文章に当てはまる言葉として作り込んでいくといいだろう。

○○会社は、【価値理念】を約束します。
私たちは、【個性】として、
【理想的なお客様】に、
【機能的な付加価値】を提供し、
【情緒的な付加価値】を感じていただくため、努力をしていきます。

 いかがだろうか。上記の各パーツに入るべき言葉が見つかったら、前述の図のピラミッドに載せて相互関係を再度点検してみよう。違和感なく、整合性が感じられれば出来上がりだ。

■顧客が感じるブランドとは
 上記のステートメントが完成したとしても、それをまた額装して壁に飾り、毎朝唱和するだけでは何にもならない。それではただの「社内自己満足活動」になってしまう。
 ステートメントを決定したら、その通りトップから現場の社員・パート・アルバイトに至まで、それを実現するよう行動しなければならない。顧客が感じるブランドとは、「顧客自身が受け取った経験の集積」に他ならない。顧客が接触するブランドとは、商品そのものや店舗、広告だけに留まらない。店舗での接客はもとより、メディアに流れるトップの発言、ネットやリアルの世界での口コミ、コンタクトセンターの応対、WEBサイトやE-mailやDM、各種広告などなど・・・。それらに顧客は接触しその都度そのブランドを評価する。それらの全てがステートメントの通り整合性が取れ、顧客に受け入れられるものでなければ「イス取りゲーム」で生き残ることはできないのである。

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2006.02.02

”顧客視点”入門講座 第11:今日的に"STP"を再考する

販促会議3月号が発売されましたので、前号バックナンバーをアップします。

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 当連載も一年間・12回まで今号と来月号を残すのみとなった。ここまで「顧客視点」の重要性を説きつつ、その視座でマーケティングの基本を見直し、筆者オリジナルの理論も加えて解説してきた。そして最後の2回は「今まで誰もが疑わなかった基礎・常識を見直し、さらに今日的な時代背景の中で新たな視点を見つけていく」という当連載の主旨の総まとめをしたい。マーケティングの基本戦略の集大成とも呼べる"STP"(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)の見直しである。

■階層構造の変化と共に変わるSTP
 「階層二極化」。昨今、マーケティングだけでなく経済学や社会学などでも扱われる、今後の日本の姿を表すキーワードである。すなわち、今までの「国民総中流意識」は崩れ去り、上流と下流に二極化していくという説だ。先進国の先輩である英国の姿と対比した論説も多いが、より日本の現実を如実に表した各種データに基づき記された、三浦展氏の「下流社会」(光文社新書)は昨年ベストセラーになっただけあって、さすがに出色である。その説を借りれば、今後の日本は「上」が15%、「中」が45%、「下」が40%という構造に変化していくという。つまり、多くの中流が下流に滑り落ちることによって二極化するということだ。
 そのように社会構造そのものが変化する中、従来通りのSTPでものを考えていたのでは商売がうまくいくはずもない。三浦氏は著書の中で百貨店を一例として「市場が『中流社会』から『階層社会』あるいは『下流社会』に変わったのに、相変わらず中流型社会型のビジネスモデルで対応しているから、売り上げが減るのである」と洞見している。今、認識を改めなければ全ての業種で同じような過ちが繰り返されることになるだろう。例えば日本の基幹産業である自動車。昨年12月17日の日本経済新聞朝刊一面には以下のような記事が掲載されていた。「トヨタ3年ぶり減益・"軽"との競合激しく」「トヨタの苦戦は、より低廉な車種に需要がシフトする国内市場の構造変化を象徴している」と。しかし、一方でトヨタの高級車ブランド「レクサス」は比較的滑り出し好調であるし、輸入車勢も善戦している。低廉車と高級車の二極分化。この流れを看過し「誰にでも受けの良い中型車」などを今後、開発・上市・販売しようとするものなら、苦戦は目に見えているだろう。市場のセグメント、狙うべき顧客ターゲット、商品が顧客に向けて打ち出すべきポジショニング、つまりSTPの全てを見直すべき必要があるのだ。

■STPにおけるセグメンテーション 
 セグメンテーションとは、一般にそれに続くターゲティング、すなわちどのような顧客層を狙うのかを検討するための下準備であると考えられる。市場を幾つかの同じような「集合体」に分類するために、ジオグラフィック(地理的要因)=地域・人口密度等、デモグラフィック(人口動態的要因)=年齢・性別・所得・世帯規模・ライフステージ等、サイコグラフィック(心理的要因)=ライフスタイル・ロイヤルティー等の変数を用いることが一般である。しかし、ここにまず顧客視点が欠落する一つの危険性が潜んでいる。上記三つの変数要因が狙うべき顧客ターゲットに対して全てカバーするだけのデータが事前に揃っている場合などは希であり、多くの場合「マーケターの"勘と経験"」で補う、悪く言えば「当て推量」を働かせることになる。そのアンチテーゼとして「顧客のことは個々の顧客に聞け」という考え方で、CRM(Customer Relationship Management)やOne to Oneマーケティングが提唱されてきた。
 では、社会構造の変化はそれにどのような変化をもたらすのか。階層二極化が進めば、「パレートの法則」を体現するが如く、企業の収益の大半は少数の上流階層からもたらされ、多数の下流は低収益な存在となる。となれば、上流を狙うのであれば、前述のCRMやOne to Oneといった個々の顧客(個客)に合わせた個別ターゲティングが重要になり、セグメントという概念は希薄になっていくだろう。正に顧客視点こそがセグメントに変わる重要な切り口となるのだ。今まで概念先行で大きな成功例がなかなか出にくかったCRMやOne to Oneであるが、それは「国民総中流」の中で「個客」として扱うべきターゲットを特定しにくかったからに他ならない。今後の階層格差が進む社会においてはターゲットが特定しやすくなるのだ。
 しかし、全ての企業が上流を狙うわけではない。同業種であるセブン&アイとイオンでは前者が百貨店グループを傘下に納め、上流から下流まで垂直的に顧客を取り込もうとするのに対し、後者は百貨店などには手を出さず、水平的な拡大路線をひた走っている。そして、中~下流を狙う際に重要になるのはやはりセグメンテーションなのである。なぜなら、数が多く個々の収益性が低い層に対して個々に対応などはできないからだ。しかし、中流~下流の層もかつての高度成長期の消費者のように、企業が勝手にプロダクトアウト的に上市した商品を受け入れるような購買行動はとらない。モノが満ちあふれ十人十色、一人十色といわれた多様な嗜好はそのままに、限られた購買力の中で益々選択眼が厳しくなるからだ。低収益だといって一律に扱うようなことをしては誰も振り向いてはくれなくなる。個別対応はしないものの、より精緻なセグメンテーションを行うことが求められてくるのである。それ故に、「マーケターの"勘と経験"」で補うような粗いセグメンテーションでは成功しない。前々回に述べた調査(リサーチ)・分析(アナリシス)に基づき、展開する自社商品と現実の消費者ニーズがマッチした適切なセグメントの全体構造を構築することこそ重要なのだ。
 
■STPにおけるターゲティング
 セグメンテーションが完了したら、次は「どのような市場を狙うのか」というターゲティングを行うのが一般的である。しかし、階層二極化が進む社会構造においては、「上流」を狙うのであれば、セグメントではなく「個客」を直接狙うという狭義のターゲティングに直接入ることになるのは前項で述べたとおりだ。しかし、同じく前項で述べたとおり、「中~下流」を狙うのであれば、従説通りのターゲティングを実行することになる。
 ターゲティングは以下の二段階のステップで実施する。第一に、セグメンテーションの全体構造を構築した中から、どのセグメントを対象として施策を展開するかを決定することである。セグメント全体が自社商品に最適化された状態になっていたとしても、展開する施策の内容や、施策に対する想定される反応度によって外すべきセグメントが出てくるであろう。もしくは施策に充てられる予算や期間の問題から、幾つかの特定のセグメントに集中して展開することもあるだろう。その意志決定が第一のステップなのだ。
 第二のステップは施策×セグメントをどう組み合わせるのかというプランニングだ。単純に行うのであれば、第一のステップで決定した対象セグメントの全てに同一の施策を展開することになる。しかし、各々が特徴を持ったセグメントであるとすれば、セグメント別にその特徴に対応した別施策をぶつけるなり、同一施策であったとしても多少の味付けを変えたりといった手を加えることでより高い反応が期待できるまた、より精緻に施策効果を検証するのであれば、同一セグメントの中からテストサンプルを抽出して別施策を展開し、効果の高い方の施策で全体に展開するという「スプリット・ラン」という手法もある。つまり、第二のステップは、施策×セグメントをどの程度の細かさで展開するかの意志決定であるといえる。

 ここまででSTPのうち、SとT、すなわちセグメンテーションとターゲティングを終えたことになる。次号では最後のポジショニングを解説するが、実はこのポジショニングこそSTPのうちで最も重要なパートなのである。なぜなら、既に「施策」という言葉を何度か使ってきたが、実際の「打ち手」を考えるには、自社及び商品の市場におけるポジショニングを明確に定義していなければ、それを検討することができないからだ。その意味では「STP」というS→T→Pという手順に従った従来のプランニングの認識自体を改める必要もあるだろう。そうした点もふまえ、次号にて解説する。

No11STP


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