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2006.01.19

「IT・アナログが紡ぎだす『パーソナライズの時代』」

日経BizPlusの連載が更新されました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=20060116c6000c6

今回のコラムは偶然にも届いたDMと、日経の夕刊の内容が一致していたので思い浮かんだものです。
いつもネタ探しに目を皿のようにしている金森ですが、こんな棚ぼたな幸運に見舞われることもあるのですね。
文中にある「総手書きの年賀状」は実は非常にしんどい作業でした。
いつもPCばかり使っているため、「書く」という作業は普段使っていない筋肉を酷使することになり、未だに肩こりが治りません。ただ、やはり「やって良かったな」と思っています。(汚い字の年賀状が届いた方々、新年早々申し訳ございませんでしたが・・・。)


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

■鏡開き翌日の「歳暮の案内」?

 家のポストをのぞくと百貨店より「お歳暮品の御案内」というダイレクトメール(DM)が入っていた。鏡開きが終わったばかりというのに何を気の早いことをと訝(いぶか)しがりながら封を開ける。

 中には「豫約醸造味噌・野菜、鮮魚、和牛の味噌漬けの御案内」とあった。年初に申し込んでおき、約1年かけて醸造したものを「誰それが1年前から○○様を気にかけて申し込み、醸造されたものである」というカードを添えて届けられるという。もちろん、自家用にもどうぞとのことだ。確かに1年も前から気にかけられて、贈られたものは格別であろう。自分用に申し込んでも、届くときのことを考えればワクワクする。

■「食もオーダーメード」

 この小見出しのタイトルは、上記のDMを見た次に開いた日本経済新聞1月12日夕刊生活面のタイトルだ。「ファッションや家具などで浸透しているオーダーメードが、食材の分野に広がっている」とある。奇しくも第一に筆者が受け取ったDMと同じ味噌の例、続いてハムや鴨肉などが紹介されている。

 紙面では「安全・安心を徹底」「『選べる』キーワードに」「お取り寄せが発展」などの言葉が並ぶ。そして、電通消費者研究センターの北風祐子氏の「最近はただ高いものを求めるのはかっこ悪いと思われる。『知恵を使った感じ』が求められており、うまくマッチしたのでは」という分析で締めくくられている。

■ITが後押しする「パーソナライズ(個別化)」

 筆者の前職はダイレクトマーケティング専業の広告会社であった。約12年前に中途入社したが、その頃の同社の得意技が「パーソナライズDM(ダイレクトメール)」であった。それまでのDMといえば、いかに安く・大量にばらまくかが勝負。しかし、パーソナライズDMは発送先データベース(もしくはデータファイル)とDMの印刷を連動させるのがポイントだった。「お客様に御案内しているこの商品は」と一律に語りかけるのではなく、「○○様に御案内している・・・」と対象者を個別識別して語りかけるのである。名前だけでなく、過去の購入商品とむすびつけ「××をお求めになった○○様には」といかに顧客を深く理解しているかを示す文言も盛り込む。当然、DMの制作単価は高くなるが、レスポンス(反応)は飛躍的に上がった。DMを送る側が「知恵を使った」結果の勝利である。


 今日では紙のDMよりもインターネット上のパーソナライズされた、ユーザー向けのWEBサイトやEメールが当たり前になってきている。前出の夕刊でも、パーソナライズされた食材は「インターネットの普及で細かなオーダーを受けやすくなった」と指摘している。12年前の技術による紙のDMによるパーソナライズも、今日のインターネットによる食材の個別オーダーも、いずれもITが後押ししていることは間違いない。

■そもそもパーソナライズの本質とは?

 ITがパーソナライズを後押ししているとして、そもそも人は自分に向けて個別化されたものになぜ喜びを感じるのであろうか。

 連載第4回でも紹介したアブラハム・マズロー(1908~1970)の「欲求段階説」で考えてみよう。人間の欲求は5段階あり、その一つ一つを達成して上を目指していくというものだ。第1と第2は「生理的欲求」と「安全欲求」であり、衣・食・住の根源的欲求である。第3が「親和欲求」であり、他者と関わり同じようになること、つまり同質化することの喜びだ。第4が「自我欲求」であり、自分が集団から価値を認められ、尊敬されようという欲求。最後の第5番目が「自己実現欲求」であり、自分の能力を発揮し、創造や自己実現を図るという段階に至る。

 さきほどの夕刊記事で紹介された、電通消費者研究センター北風氏の、「ただ高いものを求めるのはかっこ悪いと思われ『知恵を使った感じ』が求められる」という分析を、マズローに当てはめて考えてみる。つまり、第3段階である「同質化」から第4段階である「価値を認められ、尊敬されよう」と発展に該当する。例えば商品選択について「さすがお目が高い」というような「目利き」具合が示せることになるのだ。

 パーソナライズの進展は、マスプロダクトを大量に消費してきた我々の、モノが満ちあふれだした今日、消費行動が変化したことと呼応している。つまり、同質化による安心感から、個別最適化と他者との差異化に消費者の嗜好が大きく変化したのがその理由であろう。

■パーソナライズの本質は「こだわり」と「気遣う心」

 前述の通り、ITによってパーソナライズの自由度を高められ、多様な展開を見せ始めた。消費者もそれに気づき、商品選択や生活の様々なシーンの中に取り入れ始めた。しかし、パーソナライズの本質はITではない。そもそも、消費者の「こだわり」が高まらなければITはその能力を発揮する機会がない。さらにその根底に、「人や自分への気遣い」がなければ「こだわり」は生まれない。もはやITが主役ではないことは明らかだ。

 私事だが、「アナログなパーソナライズ」の効用の例を一つ。一昨年前までの会社員時代、取引先への年賀状は会社が宛名まで印刷してくれたものに、自分のサインをするだけだった。何とも儀礼的で好きではなかった。

 そして独立した昨年の年末、取引先への年賀状を全て手書きで出してみた。相手の顔を思い浮かべながら、個別に筆ペンや万年筆でメッセージをびっしりと書き、宛先・差出人住所も手書き。切手を貼り付けて出した。100枚弱の年賀状書きに、実に24時間以上も要した。

 筆者は悪筆故、見苦しいと思われた方も多かったかもしれない。しかし、「究極のアナログ・パーソナライズレター」に普段は返信を頂いたことのない取引先の方々から、ご丁寧に葉書やEメールを頂いた。儀礼的な年賀状は嫌だと思った筆者のこだわりと、相手を思い浮かべて個々に書き綴った文面に反応いただけたのではないかと思う。パーソナライズの本質にITもアナログも関係ないのだと分かった新年のできごとであった。

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