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7 posts from January 2006

2006.01.31

「納得消費の時代~アリとキリギリスの折り合い~」

日経BizPlusの連載が更新されましたのでリンクをアップします。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm

今回ご紹介した「ニューロエコノミクス(神経経済学)」という領域はかなり面白いですね。
日経に掲載された記事は日曜日だったので、お読みになっていない方も多いかと思いますが、
会社にある新聞のバックナンバーかどこかから捜して、全文をご一読なさることをお勧めします。

-----------<以下バックナンバー用転載>-----------


日本経済新聞1月15日付のサイエンス欄「経済行為 脳科学で解明」という記事が目に留まった。

 経済学と脳科学を融合したニューロエコノミクス(神経経済学)によって消費行動が予測できるようになってきたという話だ。記事によると、脳の前頭前野は「理性脳」と呼ばれ、将来的な利益を考え合理的な判断を下す。一方、大脳辺縁系は「情動脳」と呼ばれ目先の利益に走る。こうした研究から「アリの周到さとキリギリスの刹那主義は同じ人間に共存し、別々の神経回路が司っている」と、イソップの寓話を下敷きにした米国の脳科学者の解説が分かりやすく紹介されていた。この分析は、消費行動・マーケティングへの示唆に富んでいる。

■ 「ワンコインビジネス」をアリとキリギリスで再考してみる

 2005年12月10日の日本経済新聞別刷り特集版「NIKKEIプラス1」の「はやりを読む」のコーナーで紹介された「ワン・コインライフ 気軽さ、手が出る500円」で、筆者のコメントも掲載された。冒頭の学説を引き合わせながら、「ワンコイン」を再考してみたい。

 100円ショップが登場した時には「これがたったの100円!」という価格に対する驚きから多くの消費者が飛びついた。これはニューロエコノミクスがいうところの「キリギリス」の仕業に違いない。しかし、今日では100円ショップに対する驚きは薄れ、主要顧客である主婦たちは「本当にその商品に100円の価値があるのか」と、一般のスーパーに並んでいる商品と単価計算してまで厳しく選別している。もはや100円ショップは「アリ」が冷徹に仕事をする場になったということだろう。同じ価格、同じ業態でも消費者が慣れてしまい「驚き」を感じなくなった結果、「キリギリス」はもう動かなくなったのだ。確かに反応する神経回路が変わってしまっているなら、最近100円ショップを覗いても面白みを感じなくなったことにも得心がいく。

 しかし、500円のワンコインでは少し様子が違う。徐々に下流化していると言われる一般庶民にとって、500円という価格は微妙な設定だ。サラリーマンの中にも昼食代を「一日500円まで」とセーブしている人が多くなった。そこにローソンの「ごはん亭」が登場し大ヒットした。「いつもの500円の昼食と比べて豪華だ」と多くの人が購入した。


 しかしそれは、キリギリスの衝動的な購入ではない。「いつもの500円の昼食」と「ごはん亭」を短時間で比較検討し、アリも許容して購入したと解釈できる。大脳辺縁系と前頭前野を情報が駆けめぐり、アリとキリギリスが折り合いを付けたという形ではないか。

■「納得」という消費に欠かせない要素

 前述の「アリとキリギリスの折り合い」の結果は「納得」という言葉で表せるだろう。確かに「衝動買い」という行動はどの消費者にも起きうることだ。それは「キリギリス」単独の判断に違いないが、消費の多くは両者が折り合いをつけ「納得」が得られた状態でなされると考えられる。

 「納得の形成」ということを考えれば、インターネットから得られる情報の恩恵は大きい。消費者はかつて売り手の勧め言葉の真偽を、少ない情報で判断しなければならなかった。しかし今日では、価格比較サイトや既に購入した人たちの意見など、多くの情報が手に入る。消費者はこうした情報を消化したうえ「納得」して購入できるようになった。

 納得できる判断材料が得られなければ、アリは間違いなく冬眠だ。だからといって、キリギリスだけが大活躍して何でも衝動買いしてしまうほど人は愚かではない。「納得できない」ということは、「消費者の企業不審」に繋がり消費行動に歯止めをかけてしまう。それだけ、企業が「納得できる情報の開示」を進める必要が高まっているわけだ。

■消費者の「納得感」をストレートに得るためには

 筆者が10年以上経っても忘れられない、噺家・桂文珍師匠のお話がある。曰わく、「大阪で980円カメラのワゴンセールをしていた。さすがに客の心が良くわかる大阪の商人がすることで、東京だったら『激安!』と書くところを、ズバリ一言書いていた。『写る』だ。980円が安いのは当たり前で見て判る。それよりも『ちゃんと写るんやろか?』という客の不信感に応えることが大切」。

 この話の眼目は何といっても、客の一番欲しい情報を提示して、不信感を払拭し、納得してもらっているところだ。「980円、安い」と大脳辺縁系のキリギリスが反応する。それを「いやいや、ちゃんと映るのかどうか怪しいもんだ」と前頭前野のアリが制止する。しかし、ちゃんと「写る」と予め目の前に掲げられてはアリも納得せざるを得ない。先に記した「企業が『納得』につながる情報を開示する」とはかくもタイムリーに、ストレートになされることが理想だろう。

 脳内の働きに基づいて、消費行動が科学されるようになり、脳内の冷徹な「アリ」の存在が明らかになった。もはや「商売は売り手と買い手の騙し合い」などといってはいられない。せっかく景気も回復したのだ。「騙し合い」ではなく、「納得」をキーワードにアリとキリギリスが折り合いを付けられるような企業努力を切に願う。


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2006.01.27

【書下ろし】怒っているのはオジサンだけじゃない

最近更新を怠っており申し訳ございません。
ちょっと書いてみましたので、ご覧ください。
タウンウオッチものです。

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 「オジサンは怒っているんだぞ」。残念ながら連載終了となってしまったが、日経新聞の夕刊第一面に掲載されていたコラムである。南伸坊氏のイラストと、「オジサン」を主人公として話し言葉で綴られた文章が醸し出す、何とも情けなくも共感できる傑作であったと思う。
もはや「デジタルデバイド」という言葉すら死語と化して、デジタル機器はどんどん高度化していく。そんな世の中で果敢にもデジタルに挑む「オジサン」の姿に自身を重ねた読者も多かっただろう。
 しかし、筆者「怒っているのはオジサンだけじゃない」という現場に遭遇した。通勤電車の中で見かけた二人の女性。年の頃二十歳ぐらい。恐らく大学生であろう。二人は携帯電話を手に取り、お互いに携帯電話の機能の使い方を教えあっているのだった。そして「携帯の機能ってたぶん半分も使ってないよね」。と話していた。オジサンに属する40代の筆者は、もちろん携帯の機能は半分も使っていない。しかし、二十歳そこそこの女性は携帯など楽々機能をフル活用していると思っていたが、そうでもないらしい。中高年向けには機能を削ぎ落とした携帯電話も何機種か出ているが、若者向けには出ていない。果たして若者たちは携帯電話の高機能化を本当に望んでいるのだろうか。少なくとも筆者の聞いた会話の中で、彼女たちは「ワケわかんなくてムカツク」と言っていた。
 「シーズ」と「ニーズ」のアンマッチ。開発競争が生んだ技術は全てが利用者の利便性に寄与するものではない。むしろ「ありがた迷惑」な場合もある。「オジサン」は明らかにデジタルデバイドに晒されているが、高機能についていけない状況は若者も変わりはないようだ。デバイドに晒されないのは「教え合える仲間がいる」からだ。アナログなコミュニケーションチャネルに支えられつつ、実は歓迎されないレベルまでデジタル技術が高度化していくという、どこか奇妙な風景が見えた。

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2006.01.19

「IT・アナログが紡ぎだす『パーソナライズの時代』」

日経BizPlusの連載が更新されました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=20060116c6000c6

今回のコラムは偶然にも届いたDMと、日経の夕刊の内容が一致していたので思い浮かんだものです。
いつもネタ探しに目を皿のようにしている金森ですが、こんな棚ぼたな幸運に見舞われることもあるのですね。
文中にある「総手書きの年賀状」は実は非常にしんどい作業でした。
いつもPCばかり使っているため、「書く」という作業は普段使っていない筋肉を酷使することになり、未だに肩こりが治りません。ただ、やはり「やって良かったな」と思っています。(汚い字の年賀状が届いた方々、新年早々申し訳ございませんでしたが・・・。)


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

■鏡開き翌日の「歳暮の案内」?

 家のポストをのぞくと百貨店より「お歳暮品の御案内」というダイレクトメール(DM)が入っていた。鏡開きが終わったばかりというのに何を気の早いことをと訝(いぶか)しがりながら封を開ける。

 中には「豫約醸造味噌・野菜、鮮魚、和牛の味噌漬けの御案内」とあった。年初に申し込んでおき、約1年かけて醸造したものを「誰それが1年前から○○様を気にかけて申し込み、醸造されたものである」というカードを添えて届けられるという。もちろん、自家用にもどうぞとのことだ。確かに1年も前から気にかけられて、贈られたものは格別であろう。自分用に申し込んでも、届くときのことを考えればワクワクする。

■「食もオーダーメード」

 この小見出しのタイトルは、上記のDMを見た次に開いた日本経済新聞1月12日夕刊生活面のタイトルだ。「ファッションや家具などで浸透しているオーダーメードが、食材の分野に広がっている」とある。奇しくも第一に筆者が受け取ったDMと同じ味噌の例、続いてハムや鴨肉などが紹介されている。

 紙面では「安全・安心を徹底」「『選べる』キーワードに」「お取り寄せが発展」などの言葉が並ぶ。そして、電通消費者研究センターの北風祐子氏の「最近はただ高いものを求めるのはかっこ悪いと思われる。『知恵を使った感じ』が求められており、うまくマッチしたのでは」という分析で締めくくられている。

■ITが後押しする「パーソナライズ(個別化)」

 筆者の前職はダイレクトマーケティング専業の広告会社であった。約12年前に中途入社したが、その頃の同社の得意技が「パーソナライズDM(ダイレクトメール)」であった。それまでのDMといえば、いかに安く・大量にばらまくかが勝負。しかし、パーソナライズDMは発送先データベース(もしくはデータファイル)とDMの印刷を連動させるのがポイントだった。「お客様に御案内しているこの商品は」と一律に語りかけるのではなく、「○○様に御案内している・・・」と対象者を個別識別して語りかけるのである。名前だけでなく、過去の購入商品とむすびつけ「××をお求めになった○○様には」といかに顧客を深く理解しているかを示す文言も盛り込む。当然、DMの制作単価は高くなるが、レスポンス(反応)は飛躍的に上がった。DMを送る側が「知恵を使った」結果の勝利である。


 今日では紙のDMよりもインターネット上のパーソナライズされた、ユーザー向けのWEBサイトやEメールが当たり前になってきている。前出の夕刊でも、パーソナライズされた食材は「インターネットの普及で細かなオーダーを受けやすくなった」と指摘している。12年前の技術による紙のDMによるパーソナライズも、今日のインターネットによる食材の個別オーダーも、いずれもITが後押ししていることは間違いない。

■そもそもパーソナライズの本質とは?

 ITがパーソナライズを後押ししているとして、そもそも人は自分に向けて個別化されたものになぜ喜びを感じるのであろうか。

 連載第4回でも紹介したアブラハム・マズロー(1908~1970)の「欲求段階説」で考えてみよう。人間の欲求は5段階あり、その一つ一つを達成して上を目指していくというものだ。第1と第2は「生理的欲求」と「安全欲求」であり、衣・食・住の根源的欲求である。第3が「親和欲求」であり、他者と関わり同じようになること、つまり同質化することの喜びだ。第4が「自我欲求」であり、自分が集団から価値を認められ、尊敬されようという欲求。最後の第5番目が「自己実現欲求」であり、自分の能力を発揮し、創造や自己実現を図るという段階に至る。

 さきほどの夕刊記事で紹介された、電通消費者研究センター北風氏の、「ただ高いものを求めるのはかっこ悪いと思われ『知恵を使った感じ』が求められる」という分析を、マズローに当てはめて考えてみる。つまり、第3段階である「同質化」から第4段階である「価値を認められ、尊敬されよう」と発展に該当する。例えば商品選択について「さすがお目が高い」というような「目利き」具合が示せることになるのだ。

 パーソナライズの進展は、マスプロダクトを大量に消費してきた我々の、モノが満ちあふれだした今日、消費行動が変化したことと呼応している。つまり、同質化による安心感から、個別最適化と他者との差異化に消費者の嗜好が大きく変化したのがその理由であろう。

■パーソナライズの本質は「こだわり」と「気遣う心」

 前述の通り、ITによってパーソナライズの自由度を高められ、多様な展開を見せ始めた。消費者もそれに気づき、商品選択や生活の様々なシーンの中に取り入れ始めた。しかし、パーソナライズの本質はITではない。そもそも、消費者の「こだわり」が高まらなければITはその能力を発揮する機会がない。さらにその根底に、「人や自分への気遣い」がなければ「こだわり」は生まれない。もはやITが主役ではないことは明らかだ。

 私事だが、「アナログなパーソナライズ」の効用の例を一つ。一昨年前までの会社員時代、取引先への年賀状は会社が宛名まで印刷してくれたものに、自分のサインをするだけだった。何とも儀礼的で好きではなかった。

 そして独立した昨年の年末、取引先への年賀状を全て手書きで出してみた。相手の顔を思い浮かべながら、個別に筆ペンや万年筆でメッセージをびっしりと書き、宛先・差出人住所も手書き。切手を貼り付けて出した。100枚弱の年賀状書きに、実に24時間以上も要した。

 筆者は悪筆故、見苦しいと思われた方も多かったかもしれない。しかし、「究極のアナログ・パーソナライズレター」に普段は返信を頂いたことのない取引先の方々から、ご丁寧に葉書やEメールを頂いた。儀礼的な年賀状は嫌だと思った筆者のこだわりと、相手を思い浮かべて個々に書き綴った文面に反応いただけたのではないかと思う。パーソナライズの本質にITもアナログも関係ないのだと分かった新年のできごとであった。

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2006.01.11

【書下ろしミニコラム】何故の「専用」?

画像の様な改札の「SUICA専用レーン」が増えている。
「専用」とか言われると、何か嬉しい。
ヒトは特別扱いされるのに弱い存在なのだ。

しかし、冷静に考えてみれば、この場合の「特別扱い」される利用者のメリットとは何だろう?
スイカにしたくてもできない私鉄乗り換えの磁気カードユーザーはまず、このレーンから排除される。
では、この専用レーンのおかげでスイカユーザーに何らかのメリットが供与されるのか?
一利用者の視点からすれば、答えは「否」である。

専用レーンに並ぶと必ずと言っていいほど、うまくスイカを「かざす」事ができずに、
ゲートでブロックされる利用者がいる。その後に並んでいたら、確実に遅れを取る。

そんなワケで金森はいつもスイカの「専用レーン」は避けている。

JRとしてはEdy、第三勢力であるセブンアンドアイに負けじと一気呵成をかける気持ちは分かる。
しかし、そこに「顧客視点」を忘れたプロダクトアウト的な理論が働かない様に願って止まない。
P1060116

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2006.01.09

ラジオの取材を受けました

ニッポン放送(AM・1242チャンネル)の「森永卓郎 朝はニッポン一番ノリ!」という番組で最後に扱われる「森永総研」のコーナー(10分くらいのコーナー)から「一言コメント」として電話取材を受けました。
お題はここしばらく得意としていた「2007年問題」です。朝5:00~8:30という、どう考えても金森の生活時間帯と合わないので、取材依頼が来たときには「その時間にスタジオに行くのか?」ありがたいのですが、「起きる」という大きなチャレンジを考えて緊張しましたが、電話取材でした。

しかし、この話、ここに至るまでの涙の物語があるのです。
話しが舞い込んできたのは12月28日。仕事納めの1日前でしたが金森はスキーに行っていました。
「ニッポン放送から取材依頼」と事務所から携帯に呼び出してもらって、急遽ニッポン放送の担当者へゲレンデから携帯で電話。「質問の主旨をメールするので、なるべく早めに返してもらいたい」とのこと。
正月明けでも良さそうだが、せっかくのチャンス、早いほうが良いに越したことはない。
しかし、問題はさすがにスキーにPCは持ってきていない。

かくて、唯一の味方である携帯で、質問状の答え約3000字を打って返したのです。(腱鞘炎になりそうでした)。

3000字の中から「この部分についてコメントして欲しい」と依頼のあった部分は以下に記します。
ただ、電話取材という形は初めてだったのでうまく話せているか分かりません!!
(えらくあっさりと「はい、OKです」と言われて拍子抜けしましたが・・・。)
生で聞いていただける方は1月12日のあさ7:40分から10分ぐらいのコーナーの中で、私が1分ぐらい話します。

------------以下、コメントの主旨--------------------------

★実際に企業が行っている2007年問題対策には、どんなパターンがあるか?

・実際には前述の通り、具体的な目立った考行動がなされていないのが現実。
・現状の問題は、「対応策を講じている」とする企業の打ち手が「5年間の定年延長」「嘱託として再雇用」など、本質的な解決に繋がっていないこと。それらは2007年問題を2012年問題に先延ばししているにすぎないことにある。最短であと2年。長くとも5年という時間を甘く見ているツケは確実にやってくる。このままでは問題先送りの体質が日本の国力を確実に奪ってくであろう。
・「行なうべきこと」という言い方をするならば、一刻も早く“先送りではない、実効性のある施策”を検討し、行動に移すこと。
・日本人は欧米に比べると定年後の終了欲が高く、嘱託などになって収入が今までの6割程度に減少しても、「生きがい」として働き続ける人が多い。その人々の意欲に安心し、根本的な対策を打たなければ大変なことになってしまう。

・しかし、あえて、質問の主旨の「パターン分け」として挙げるのであれば、以下の通り。

・最も初歩的で効果が低いのは、「ベテランから若手への直接的(暗黙的)な伝承」。これは「徒弟制度の復活」にしかならず、「ノウハウは人に付くもの」という原則から考えれば、人材の流動によって企業という組織に「知(ノウハウ)」は残らない。(残念ながら多くの企業はせいぜいがこのレベル)
・それを解消するのが「シャドウイング」という手法。人(技能者)のノウハウをシャドウと呼ばれるアナリストがベテラン技能者に張り付き、一挙手一投足を観察したり、インタビューを交え洗い出し、マニュアルなどに明文化する。そうして誰もがその技能を共有する。これは2004年に米国加州サンタクララ(シリコンバレー)にて開催された「KM & Intranets」カンファレンスにてサンフランシスコ市政府の担当者が日本と同様の「ベビーブーマー大量定年退職(2010年問題)対策」として紹介。視察した日本企業担当者が自社で展開中。すでに一定の成果を出している。これはある程度成果が見込まれ、そのマニュアルを元にした研修・トレーニング等を継続していけば伝承は果たされていくはずである。
・さらに上記を進化させているのが、シャドウイングのようにして洗い出されたベテランの技能を機械化したパターン。溶接技術者のノウハウを溶接ロボットに移植した成功例はずいぶん前から実現され、成果を上げている。最近ではインクス社が携帯の金型設計を機械化し、熟練職人と同等の作業をアルバイトがこなしている例が著名である。

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森永先生とは日経BizPlusの連載・トレンドコーナーでご一緒させているため、取り上げていただけたのだと思いますが、貴重な機会ありがとうございました。

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2006.01.04

”顧客視点”入門講座:第9回

「販促会議」の2月号が本日発売になりましたので、前号の連載のバックナンバー原稿を掲出します。

調査によって顧客の声を聞く

前号は「自社の戦力分析を顧客視点で行ってみる」ということで、顧客視点を取り入れた「SWOT分析」と「3C分析」の方法について述べた。自社の戦力分析ができたところで、いよいよ今回は顧客の声を聞くための「マーケティング調査(リサーチ)」について述べていきたい
 当連載で繰り返し述べてきたように「顧客を中心に物を考える」ことは基本であり、そのために調査という手法は実際の「打ち手」を考える上で非常に重要なパートであることは間違えない。しかし、ひとたびその方法を間違えると「顧客の声」は誤った情報となってしまう危険性も持ち合わせている。

■まず、仮説を持って知りたいことを明確化すること 
「いくら調査(リサーチ)を行って顧客の考えを明らかにしよう!」と意気込んだところで、その明らかにすべき内容が固まっていなければ聞くこともできない、もしくは曖昧な回答しか返ってこないことになる。大切なのは、調査の設計段階で第一に「調査の目的」を明確にし、次にその目的を達成するためには、どのような「調査項目」を設定すればいいのかを考えることだ。そのためには何らかの「仮説」がなければ考え始める起点がなくなってしまう。「恐らく、顧客は○○についてどう捉えているのだろうか?明らかにするため、△△というポイントを中心に設計をしてみよう」というのが仮説だ。
 間違えてはいけないのが、「仮説」と「先入観」は全く違うということである。「顧客は○○と考えているに違いないから、その是非を聞いてみよう」という思いこみで設計したら、その思いこみに引きずられた結果しか出てこない。
 実際にはそのバランスは難しいが念頭に置いて実務に着手したいところである。

■調査手法を検討する
 「個人情報保護法」が罰則規定付きで完全施行された2005年4月以降、調査の世界では「これが正解」という絶対則を見失っているのが残念ながら現実だ。以下にその現状を列挙し、調査手法選択のポイントを明記しよう。

1.ランダムサンプリングによる調査の現状
 以前は調査といえば、バイアス(偏り)がなく正確性が保たれるということで電話帳によるランダムサンプリング(無作為抽出)が中心であった。時間があれば、調査対象者宅に郵送し自ら質問票に記入し送り返してもらうという郵送(郵送留め置き)調査、時間がなければ電話をかけ、質問を読み上げて電話口で答えてもらう電話調査が主であった。
 しかし、電話帳に掲載許可している個人が極端に減っており、掲載されているとしても調査に対する協力率も極端に低下している。個人情報保護法を遵守して調査を正当に行おうにも生活者側が過剰反応してしまっているのだ。また、仮に協力してくれた対象者がいたとして、これだけ一般に拒絶感が広がっている中、あえて協力してくれるという対象者の感覚は世間全般を代表できる感覚の人間なのかも疑わしくなる。恐らく調査設計段階の対象者抽出方法として今後どんどん少なくなっていくやり方となるに違いない。

2.調査会社のパネルの利用
 ランダムサンプリングの代替として、調査会社が独自に「調査があれば協力してもよい」という意向を示している生活者をリクルーティングし、囲い込んでいる「調査パネル」というものを利用することが多くなってきた。調査謝礼としてパネルとなっている人には調査会社が金券などに換えられるポイントを付与する。
 この場合、その調査会社が抱えているパネルにどの程度の母数があり、代表制が確保(偏りがない)されており、さらにメンテナンスされているかがポイントになる。つまり母数が少なければ調査に協力する頻度が高くなっているはずだから、「1回1回にまじめに答える」という姿勢が低下する。また、件数が多すぎ、かつ「自分がパネルである」という自覚を持たせ続けるようなメンテナンスがなされていなければ、いざ調査をしたときパネルであるにもかかわらず「調査拒否」が相次ぎ、苦労して目標数には達成したものの結果がかなり偏ったものになってしまう可能性が否めない。パネルの質と量については事前に調査会社数社を呼んで十分ヒアリングし、比較検証する必要がある。
 一つ付け加えるなら、パネル調査の多くは郵送や電話で行える場合もあるが、多くは「インターネット調査」で行うことになる。その場合、インターネットの普及率との兼ね合いで「パネルに代表制はあるのか(一般の人々との差異はないのか)」がよく問題になる。しかし、それはもはや過去の問題と思った方がよい。インターネットの世帯普及率はモバイルまで含めればもはや9割を超えており、十分代表制を持っていると言える。無論、高齢者向けの商材で、その層だけをサンプルとして抽出したいというような場合は例外だが。そうでなければ、インターネットパネル調査は、パネルの質にさえ留意すれば、現在最も手軽、かつスピーディーで安全な調査手法といえるだろう。

3.自社顧客リストの利用
 「自社の顧客の声を検証したい」となれば自社保有の顧客リストを使用することになるが、一番悩ましく、危険なのがこのパターンだ。第一に、当然「調査や販売促進のための情報提供を行っても良い」というパーミッション(許諾)項目が明確に存在していることが大前提だ。それがなければ、例え何万件あろうと、そのリストは使うことはできない。個人情報保護法のイロハのイである。次にパーミッション項目が存在していたとしても、それがかなり昔に取得したリストであったとしたら、顧客がパーミッションを与えたことを忘れている場合もある。また、以前よく行われていた「情報提供や調査協力依頼を受けたくない場合はチェックしてください」というような書式やフォームの、いわゆる「オプトアウト型」であった場合も危険だ。どちらも調査依頼が来た時点で「協力すると言った覚えはない」とクレームに発展する可能性が高い。かなり乱暴に結論してしまえば、調査に使用してよいのは「3ヶ月以内に明確にパーミッションを取った自社顧客リスト」ぐらいの厳格な内規を作って運用しなければ、常にクレームの危険にさらされることを覚悟しておいた方がいいだろう。

■「調査」にこだわらない「顧客の声」を聞く方法
 筆者は調査否定論者ではないし、日々業務として調査を行っている。しかし、上記の通り特に個人情報保護法完全施行1年未満で、その影響がセンシティブな状況になっている現在、すべてを「調査」に頼るだけが手ではないことも知るべきだろう。
 その答えは、コンタクトセンターに寄せられたコールログ(応対記録)やメールログをテキストマイニングしてみることだ。「自社に寄せられてくる問い合わせの傾向は?」とか、「特定の商品・ブランドの評価は?」「どのような機能を要求しているのか?」というような内容であれば、定性的な顧客の問い合わせからテキストマイニングで十分明らかにすることができる。
 もちろん、テキストマイニングは顧客の声のテキストを読み込ませてボタン一発でポンと答えが出てくるほど便利なものではない。分析者が調査同様、仮説を持ってクラスタリング(回答の分類)をしたり、条件抽出をしたり、属性と絡めてみたりと試行錯誤の繰り返しである。そのあたりは「ガラガラポンで答えが出ます」というような、メーカーの宣伝文句で「これからは調査がいらない!」などとぬか喜びしないことだ。

 いずれにしても、法制度の問題とそれを巡る生活者の反応、インターネットの普及による調査手法との変化を考えると、以前のように「じゃあ調査してみよう」とマーケターは簡単には言えなくなっているのは確かである。しかし、「自分が一顧客(もしくは生活者)」であると考えたとき、「どのような問いかけ(調査)であれば許容できるか」を今一度振り返ってみる必要がある。マーケティング全体の中で、対クレーム防止という企業リスクの観点から急速に顧客視点が求られてきたのが、この調査という部分であることを肝に銘じるべきである。


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2006.01.02

感想文

新年明けましておめでとうございます。

新年のご挨拶か、大胆に「今年を占う」でもやってみようかと思ったのですが、あまりにインパクトのある文章を読んでしまったので、その「感想文」を書いてみたいと思います。

元旦の日経新聞を読まれましたでしょうか。
トップ記事から始まり、一連の記事は「ニッポン再生の年」を強調するような強い論調で満ちています。無論、楽観論に触れすぎないように的確に、なお残る課題も指摘してあるところはさすがです。

さすがというのであれば、特にトップ記事はもはや文学の域に達しているような筆致です。
かなり感動します。

(中途半端な内容の引用は価値を損ねますので控えます。未読の方がいらしたら、読み返してみてください。購読されてない方がいらしたら、仕事始めにでも会社で取っているものをお読みください。)

報道は本来中立の立場を取るべきだと思いますが、日本経済の羅針盤たる日経新聞としては、これぐらいよい意味で、「日本経済再生」を印象づける論調はとても正しいことだと感じます。もし、元旦の記事が弱含みであれば、未だ「再生」といってもヨタヨタ歩きの日本経済には少なからずネガティブな影響を与えるでしょうから。

私ごときが評価するのは僭越の極みですが、冒頭に記したとおり、「新聞で感動した」という経験は初めてでした。

皆様はどのように読まれましたでしょうか。

末筆ながら、本年もよろしくお願いいたします。

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