« October 2005 | Main | December 2005 »

5 posts from November 2005

2005.11.18

「癒しブームを覚えていますか~日本中が本当に癒されるために~」

本日もKM Worldの報告をしたかったのですが、セッション内容が難解であり、簡単に「さわり」をご紹介するという感じではありませんでした。ですので、そちらは別途掲載するとして、いつもの日経BizPlusの最新号を掲載させていただきます。

NIKKEI NET BizPlusの連載・ニッポン万華鏡(カレイドスコープ) 第10回がアップされました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=20060112c6002c6


以前予告しました北海道取材を敢行した原稿です。
以前も「自殺者3万人」に関連した原稿は執筆しましたが、今回はよりそこに焦点を当てて書いてみました。より、その事態を憂いての内容です。ただ、文字数の制約で書きたいことの1/10も書けませんでした。このテーマはまた機会を見てチャレンジしてみたいと思います。

記事中に「ヒーリング」の事が出てきますが、このストレス社会においては自覚症状がない方にでも有効なセルフメンテナンスの手法だと思います。実際、今回取材にご協力いただいた北海道のヒーラーの方に、私自身半年に一度施術していただいています。お勧めです。

その方のことも別途、改めてご紹介いたします。


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------


 「癒しブーム」。もはやどこか懐かしい響きを持つようになったこの言葉。景気回復が先行し、消費者指数ベースで見てもデフレ不況からも脱したと言える2005年の今日、もはや「癒し」は必要なくなったのだろうか。しかし、一方で自殺者は3万人台のラインから下がる気配はなく、交通事故の3倍もの人が自ら命を絶つという、日本は異常な国になってしまった。

 ブームが去った観のある今だからこそ、あえてそれを見つめ直し、本当に「癒し」が必要な人が癒される方法を今回は考えてみたい。

■「癒しブーム」の時代背景

 バブル経済が崩壊したのは1992年。その後1998年頃から"国策"の観を呈したIT化の推進を背景にベンチャー企業が台頭し「ネットバブル」とも呼ばれた景気回復が見られたものの、2000年春には早くも崩壊。同2000年の「ゼロ金利政策解除」を始めとした複合的な要因で日本は本格的な「デフレ不況」の時代に突入していった。日本人の誰もが自分の将来や暮らしに漠とした不安を抱えていた。「癒しブーム」がにわかに起こったのはちょうどその頃のことである。

■「癒し」は商業ベースのブームだった?

 実は「癒し」という言葉を引いても該当する頁が出てこない辞書も少なくない。「癒す」で捜さなければ出てこない。「癒し」は本来、「苦痛を和らげる」という意味の「癒す」であり、それが名詞化したものである。つまり、何らかの行為を表す動詞が、「物」になってしまったのだ。

 実際に「癒しブーム」とは、実は「癒しグッズ」と言われる商品と非常に関連が深い。上手いのか下手なのか分からない筆致で有り難げな言葉の書かれた書。毒にも薬にもならない何となく流れているだけのような音楽。どこか間の抜けたようなイメージを持つキャラクター等々・・・。しかし、実際に本当に癒されることを必要としている心や身体がひどく傷ついている人にとって、それらの物は効果を持つのであろうか。答えは否だ。

 つまり、「癒しブーム」とは先に述べたような、決して明るくない日本の世相を反映して創出されたマーケットであったと言えよう。日本人が皆、どことなく将来の不安や暮らしの厳しさを感じ、心に隙間ができていた。その隙間に巧みに入り込んできたのが「癒しグッズ」であり、実は「癒しブーム」とはそれらのグッズが形成したマーケットの総称であると言うこともできるだろう。

■ブームでは済まない「本当に治癒されるべき人々」

 「癒しグッズ」の実際の効果は受け取り手によって様々であるが、「本当に痛みを持った人」は、先に述べたようにそれでは救われない。しかし、「何となく不安」なレベルの人々にとってはある程度の「安心感」を与えてくれるのも事実のようだ。自助努力を伴わない「安心感」はクセになる。かくして癒しグッズが売れ続けるということで、「癒しマーケット」は定着し、「癒しブーム」という名を借りたマーケット創出劇は幕を閉じた。いや、ブームは去ったのではない。一過性の流行ではなく定着したことでブームと誰も言わなくなったのである。

 前述の「何となく」癒されたい人々は、今後も「癒しグッズ」で安心感に浸ればいい。しかし、冒頭で述べたように「自殺者3万人」という数字は、耐え難い心の痛みを持った人々が数多く存在することを意味している。死を選択する原因は様々だろう。昨今は経済的な要因が多いのが事実だ。しかし、今のところ日本の貧困は飢えなどで死に至るほどのものではない。飢えて死ぬ以前に「心」が壊れ死に至るのだ。経済的要因以外にも対人関係の悩みも、このストレス社会においては心にクリティカルな痛みをもたらす。そう、本当に癒されるべきなのは、ブームに乗った商品では決して心満たされることのない、心が傷つき壊れかけた人々なのだ。

 一説によれば潜在的には軽度も含めれば5人に1人が鬱病であるといわれるほど、日本は鬱大国になってしまった。鬱病は自殺の多くの要因となるといわれている。鬱を自覚し早めに治療に踏み切らせるために「鬱は心の風邪」という名コピーがかつて開発され、広く普及している。しかし、「風邪」もこじらせば死に至る場合もあるのだ。

■一刻も早く自分にあった「本当の治療」を受けよう

 では、どうしたら壊れかけた心を治癒できるのか。一番端的に考えれば「精神科に行くこと」であろう。しかし、一般の人々にとって「精神科」という響きは重く、敷居が高い。そのため名称を「精神神経科」としている病院もあるが受けるイメージに大差はない。そのため、内科に属する「心療内科」を選択する人も多い。いずれの科を選択するにしてもためらわずに早期に治療を開始することが肝心なようだ。結局どの診療科目を選択しても、カウンセリングなどもあるが、医師の持っているカードは「薬」だ。抗鬱剤には依存性はないが、同時に投与されることの多い抗不安剤には依存性がある。早期に治療して短期で治癒させなければ厄介だ。抗不安剤の長期使用は依存性だけでなく、瞬時の判断力が低下する場合などもあるという。

 そうした薬や病院には抵抗があるという場合は、民間療法ではあるが「ヒーリング」という選択肢もある。「ヒーリング」というと何やら怪しげなイメージを持つ人も多いだろうが、そもそも「癒し」を英訳すれば「healing」だ。日本では正式な肩書として認められていないが、ヒーリングの施術者、ヒーラーになるためには米国では4年も専門学校に通って資格を取得する。ヒーリングにはカウンセリングをメインとする手法や、アロマテラピーの要素を加えたマッサージのような手法を加えたものなど幾つかの流儀がある。通院との併用でより短期に治癒効果が得られる場合もある。

 大切なのは、少しでも自分に変調を感じたら、病院でも民間療法でもともかく自分が納得できる治療法を見つけることだ。「癒しグッズ」で自分をごまかして症状を悪化させるようなことは避けなければならない。また、通院を厭うことも同様だ。自らの状態と選択すべき対処方法のアンマッチが悲劇を生む原因になるのだ。「癒される」という言葉は受動態であるが、受け身ではなく積極的に行動しなければ、内在されたネガティブな思考は更に拡大し、自らを蝕んでいく。

 「何となく不安」という心の隙間を衝かれ、コマーシャリズムに入り込まれるのはご愛敬の範囲だろう。しかし、その心の隙間が「病」のレベルに達しているのだとしたら、「癒しグッズ」などは何の助けにもならない。もはや日本のネガティブなトレンドと化してしまった「鬱」や「自殺」に捕らわれる人が一人でも減ることを、今回はマーケターとしてではなく、一人の日本人として願って止まない。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.17

KM World 2日目 keynote speech

本日もKM World のキーノートの”さわり”の部分だけお伝えします。
非常に興味深い部分が多数あるのですが、昨日のダベンポート氏よりも広汎な内容を一気にプレゼンしているので、帰国後もさらに内容理解の作業が必要だと感じました。
ただ、超高速プレゼンの原因は、著書の内容をパワーポイント化してそのままギュッと詰め込んでいるためのようです。KMに強い関心があり、英文に強い方のためにお勧め書籍に載せておきます。(私も会場で定価で買うよりアマゾンの方が15%引きになっていたのでそちらに注文を出しました)。お勧め度は未読のため★なしにしておきますが、会場で見た限りではかなり面白そうです。

---------------------------------------------------------

November 16, 2005 (Wed) 9:00AM-10:00 AM

講演者: Hubert Saint Onge, Saintonge Alliances Inc.
(ヒューバート・セイントンジュ:セイントンジュ・アライアンス社 プリンシパル
 兼 ハーバード大客員教授)
著書:“Conductive Organization” ロイス・アームストロング社CEO Charles Armstrongとの共著(12年間にわたりパートナー)
演題:「Building Capability in the Conductive Organization(伝導性を備えた組織内での能力構築)」

 「伝導性を備えた組織」とは講演者が半導体の機能を比喩としてこのコンセプトを説明しているもの。つまり、一切抵抗なく、ナレッジの伝播が可能な組織。知識と能力が、外から中へ、中から外へ、また、組織内に、妨げなく流れている組織。それはフラットな組織への変革を意味するものではなく、必要に応じて現状の組織ヒエラルキーったままでも実行可能であるとしている。

 単にナレッジと言っても顧客の中心に入り込み、そのニーズを理解することから始めなくては意味がない。そのナレッジに基づき市場を作る。例として、その分野を最も良く知り、ビジネスを作り出したダイナマイトのメーカーであるICI社がある。もともとは炭鉱の中にまで入り込み実際に働いている人が「金を払ってでもこれは欲しい」と思うほどのニーズを見極めた。それが全てを手で採掘するよりも、まずは発破を仕掛け楽に仕事ができるという、エンドユーザーのニーズを見極め、ダイナマイトを企業に売り込むという成功に導いたのである。

 そのための課題は何か。講演者は最近特にリテーラと仕事をしているが、それに限らずどのタイプの業界にも言えることだが、今は「作って売る」、つまり、顧客と企業との間に壁がある状態から、顧客との壁のないコラボレーション体制へを移行していることだ。オープンなネットワークで顧客のニーズを理解し、提携企業を含めた組織全体に顧客ニーズを行き渡らせる体制をどう作るかが課題である。

--------------------------------------------------------

内容が広汎なため、それだけではないのですが、上記の出だしの部分にあるようにCRMとも共通する部分も多くあるのが特徴です。

では、明日は最終日ですのでまた「ちょっとだけレポート」をお待ちください。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.11.16

KM World & Intranets 2005. keynote speech

KM World & Intranets 2005の初日が終了しました。
朝9:00のキーノートスピーチから始まり、同行グループとのラップアップ・ミーティングが今、終了。
現地時刻23:55です。長い一日でした。(明日も明後日もですが・・・。)

本日は速報としてキーノートスピーチの「さわり」をお伝えします。
講演者はナレッジマネジメントの世界では第一人者とも言われている”トーマス・H・ダベンポート”です。

さすがに彼らしく明快にまとめられたキーノートだったと思います。
10のポイントが上げられていますが、KMなり、社内の改革なりを推進する場合、自社の強み弱みをチェックするためにも使える有用な示唆であると感じました。

では、以下をご覧ください。

--------------------------------------------------------------------------

KM World & Intranets 2005. keynote speech.
Thinking for Living: Keys to Knowledge Worker Productivity
(生きるための思考:ナレッジワーキングにおける生産性向上への要点)
トーマス・H・ダベンポート

 ピーター・ドラッカーは、ホワイトカラーの生産性を改善することが世紀の最も重要な仕事であるとしばしば主張した。 しかし、未だに我々はその改善を可能にするための手段、及びその管理手法を持っていない。ほとんどの組織は単に優秀な人材を雇い、彼らを使いこなすことなく放置する。
 このキーノート・スピーチではホワイトカラーの生産性を改善するために、10の具体的なアプローチを示す。 パフォーマンスを強化するために、ツール、テクノロジー、組織的な文化、および行動と物理的な環境などを結合したアプローチである。
 なお、この10の要点は過去に行なわれた現実のビジネスを詳細に調査・分析して導き出したものである。

・ナレッジワーキングの定義とは以下のような内容となる
「高度な教育を受け他の労働者よりも知識を多く利用する人々であり、その活動は知識の
 創出と配信及びその応用を主な目的としている。最たる例は科学者など。」

・ホワイトカラーの生産性を改善するための、ナレッジワーキングにおける10の具体的
 なアプローチは以下の通り。

1. プロセス志向の採用(Adapt a process orientation)
2. 外環境の改善(Change the external environment)
3. 仕事への知識の組み込み(Embed knowledge into work)
4. 決定の自動化(Automate decisions)
5. ナレッジマネジメントへの集中化(Focused knowledge management)
6. 個人的な能力の強化(Address personal capabilities)
7. 既存の知的財産の再利用(Reuse existing intellectual assets)
8. 改善に責任を持つ人員の任命(Put someone in charge of improvement)
9. 効果的な社会的ネットワークの構築(Emulate the social network of high performer)
10. 実験と測定(Experiment and measure)

以下、10の項目の詳細は別の機会にまた発表させていただきます。
とりあえずは速報まで。

また、ダベンポート氏の理論は前記の通り具体的で参考になりますので、その中でも必読の書をお勧め書籍でご紹介しておきます。ご興味のある方は是非ご一読ください。

ちなみに、KM World & Intranets 2005.にご興味がある方は以下にてご確認ください。
http://www.kmworld.com/kmw05/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.14

KM World Expoに行って参ります

ただ今より成田を発ち、米国加州サンノゼへ向かいます。
昨年同様、KM World Expoに参加するためです。土曜日帰国の旅程です。

昨年は各紙誌やこのBlobでもご紹介しました、2007年問題解決のカギとなる
「シャドゥイング」という手法を発掘したりと実り多いものでした。

朝9時のキーノートスピーチから始まり、17時まで各種講義を受講し、
展示を見たりしながら夕食をはさみ、同行者と各自聴講した講義の報告会を
夜半まで行うというハードスケジュールです。

そのようなスケジュールなので、どこまでできるか分かりませんが、
その日仕入れた新ネタのエッセンスは【速報・短信】としてアップしていきたいと考えています。

「こんなネタを聞いてこい」というリクエストがあれば、合致したコマがあれば受講するようにしますので、
コメントをいただければと思います。(ちょうどいいコマがなければご免なさいになりますが・・・。)

では、ネタ探しの旅に行って参ります。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.01

「ビニール傘が象徴、若年層のファッション志向と高級ブランドの課題」

NIKKEI NET BizPlusの連載・ニッポン万華鏡(カレイドスコープ) 第9回がアップされました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=2005111609onec6

北海道取材を敢行した原稿の掲載はまだです。(2週間後を予定:まだ書いてません)。

今回はまさに10月15日に書いた【書き下ろしミニコラム】「思考法」通りに書き進めた原稿です。街で見かけたものがふと、気になる。徹底的に観察する。他のものと比較する。ネタ帳にメモをする。熟考する。そして原稿として文章化する。そんな典型的なパターンで書いてみました。

ちょっとその書き方の「型」にこだわってみた結果、内容的には今一歩踏み込みが浅くなってしまったかなぁ?と反省しておりますので、突っ込みの書き込み、歓迎です。

では、ご一読ください。


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

 その日、筆者は待ち合わせの時間を間違え、原宿ラフォーレの入り口の前で40分ほどたたずんでいた。天気は朝から陰鬱な雨。だが、元々タウンウオッチングやマンウオッチングが趣味であるため苦ではなく、むしろ楽しい時間であった。そしてある一つの発見をしたのだ。

■傘が彩る街の景色


 「この街の人々はビニール傘の利用者が異様に多い」。・・・正確にカウントしたわけではないが、注目してみるとビニール傘60%、500円で駅の売店で買える中国製のナイロン傘30%、ノーブランドではあるが少なくとも1000円以上はする傘10%、自分のファッションに合わせてこだわって買ったであろうブランドの傘10%というところか。

 その日は前の晩から雨。天気予報も一日中雨と繰り返していた。急な雨にあわててビニール傘を急遽購入したわけではない。家から持ってきたのだろう。

 そのまま所用があって次に銀座に向かったところ、景色が一変した。同じく「傘」についてだ。同様に比率で言えばビニール傘は僅か10%程度、500円傘も20%、ノーブランド傘が30%、ブランド傘とおぼしきものが40%程度もいる。

 当然、モノの購買は生活者の可処分所得との密接に関係している。確かに「若者の街・原宿」対「大人の街・銀座」ではブランド傘が銀座で多く見られるのは当たり前だろう。しかし、ビニール傘の60%:10%に注目すれば、可処分所得による差だけではなく、「ファッションなり持ち物に対するポリシーの差」がそこに存在すると考えた方がいいように思われる。

■「傘」とはどのような存在か

 傘は一義的には「雨をしのぐ物」であればよく、日本は降雨量が多いとはいえ毎日降るわけではない。傘は「非日常性を持った持ち物」であるとも言えよう。さてそこで、前述の「ファッションなり持ち物に対するポリシーの差」が出てくる。

 原宿や最近注目の裏原宿などのエリアの流行の変化は激しく、その年の大きなファッショントレンドに加え各店なりの多様性を持っている。その流行の変化を追い、さらにバリーエーションを取りそろえるには、かなりの労力と費用を要する。日々服を着るのも大変なのだ。あくまで想像ではあるが、その「日々」の中で「雨の日」という「非日常」に対応するのはビニール傘で十分というのが原宿の人々の本音なのではないだろうか。

 一方、高級ブランドが大型旗艦店を投入し続けている銀座~丸の内の人々はどうか。そのエリアでのファッションは、ある程度のトレンドの変化はある物の、基本はオーセンティック(本物・正統・真正・本格的等の意)である。トレンドに左右されないいわゆる「一生物」が扱われている。つまり流行を追う時間の流れが違うのではないかと思われる。長期的に見れば雨の日も「日常の一つ」であり、自分好みのブランドのアイテムに傘を加えるのは当たり前のことと考える人が多いのだろう。

■原宿の「財布」と「鞄」に注目してみれば・・・

 上記のような論法でいくと「原宿の人々はオーセンティック嫌い」と読み取れてしまうかもしれない。しかし、筆者は興味を持ってビニール傘の人々の後を追って購買行動を見てみた。両肩に大きな紙袋を担ぎきれないほどの服を買い込んだ人(結局はオーセンティックな服を数少なく買ったのと同じぐらいの金額だろう)がカードを取り出したのは、いわゆる高級ブランドの財布からだ。その人だけではなく、かなりの割合の人が高級ブランド財布を所持している。

 また、待ち合わせ場所に戻って傘だけでなく、「鞄」にも注目してみた。すると、財布ほどではないが、比較的年齢が上の人はやはり高級ブランド鞄をビニール傘と一緒に持ち歩いていた。どういうことか?これは傘に対し、財布・鞄は「日常的に使う物」なので、一つくらいオーセンティックな高級ブランドの物を取り入れているのではないかと推察される。


■高級ブランドにおける大きな課題

 話は少し変わるが、例外もあるものの多くのオーセンティックな高級ブランドが抱える問題の一つに「固定化による縮小均衡」がある。「スーパーロイヤル」や「ロイヤル顧客」「コアなファン層」を抱え、現在商売はうまくいっている。しかし、絶対数が伸びず、縮小均衡に陥ってしまうことだ。旗艦店を新規出店したときには行列ができるぐらいの来店客がある。だが、それが一巡すると店構えの割にはまばらな来店客数になる。商品単価が高いのでそれでもやっていけるが、もう一つの問題といての「コアなファン層」以下に裾野が広がっていかないことを象徴している。

 新規出店時に一度だけ来て覗いて帰った人や、財布や鞄の一つを思い切って買って帰った人は二度目の来店がない。そうすると、「コアなファン層」以下の裾野が広がらず、縮小均衡に陥る。顧客の年齢層もやがて上がっていき、それに対応しようとすればブランド自身が高齢化していく。財布や鞄一つを買って帰った「Onetime buyer (一度きりの購入客)」をいかに「2 time 、3 time buyer 」として囲い込み「コアなファン層」まで引き上げていくのかが大きな課題なのである。

■ビニール傘と購入ブランド小物の組み合わせ

 「ビニール傘と購入ブランド小物の組み合わせ」のような姿はブランド側から見れば好ましくないかもしれない。ブランドにとって最も望ましいのは「そのブランドに心酔して、全身くまなくそのブランドで身にまとう」いわゆる「スーパーカスタマー」であろう。しかし、そうした固定観念に縛られていては前述の「固定化と縮小均衡」からは逃れられない。日本もやがて来る階層二極化が固定すれば、そうした「スーパーカスタマー」の絶対数も増え、その層だけを相手にしていれば商売は成り立つだろう。しかし、現在はまだ二極化への移行期入り口であり、いわゆる「自称中流」は日本を支えている。とすれば、いかにそうした層を「Onetime buyer」ではなく「2 time 、3 time buyer 」に徐々にしていくかがポイントなのだ。

 荒唐無稽なアイディアかもしれないが、ビニール傘の人々にまず、財布を購入させ、やがて鞄、そしてその次と続けさせる「入りやすく、買いやすい小物専門のショップ」を原宿に開いてはどうか。確かにルイヴィトンなどは原宿に隣接した表参道に巨大な店を開いた。しかし、それでは狙える層も違うであろうし、敷居も高い。

 裾野を広げていくには、あえて「ビニール傘と購入ブランド小物」を是認し、小さな所からコツコツとやっていくのが解決策につながると筆者は考える。何しろ、銀座にしろ丸の内にしろ高級ブランド鞄を抱えて闊歩しているのは「自称中流(=庶民)」であり、それは日本ぐらいなのだから。もう少し敷居を下げてみるのも手ではないだろうか。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« October 2005 | Main | December 2005 »