”顧客視点”入門講座:第7回
「販促会議」の12月号が本日発売になりましたので、前号の連載のバックナンバー原稿を掲出します。
「”顧客視点”入門講座:第7回」
さて、前回はロージャースとムーアのイノベーション普及学、キャズム理論を使って顧客が新たな商品を受け入れていくのかを詳説した。では、今回は「購入を決めるまでに顧客の心の中はどのように揺れ動くのか」について考えてみたい。
■広告業界の定番理論「AIDMA」
広告やマーケティングの世界を少しでも囓ったことのある人なら、この「AIDMA」という言葉を一度や二度は聞いたことがあるだろう。生活者の商品購入に至るまでの心理変容を表した代表的なモデルである。
「AIDMA」は各々「Attention(注目)」「Interest(関心)」「Desire(欲求)」「Memory(記憶)」「Action(行動)」の頭文字を取っている。つまり、顧客側の心理としては、「これは何だろう」と関心を示し、「もう少しよく知ってみよう」とその商品に注目し、「うーん、これは何だか欲しいナー」と購買欲求が起こり、「買うかちょっと考えてみよう」と一旦記憶に留め、「よし買うぞ」と購買行動を起こすという流れになるのだ。但し、そのためにはマーケターサイドのたゆまぬ努力が求められる。「(A)どうやって認知させるのか」「(I)どうやったらもっとよく理解してもらえるのか」「(D)どうやったら欲しいと思ってもらえるのか」「(M)どうやったらその人の購入リストの上位に位置させられるのか」「(A)どうやったら購入の最後の一押しができるのか」。「AIDMA」のそれぞれの段階で様々なメディアによる広告、パブリシティー、SP施策、口コミの流布、人的販売対応などを商品に合わせて最適に組み合わせて投下、場合によってはCRM的に個別にアプローチを行っていくことになるのだ。
■インターネットがAIDMAを変えた
長く広告やマーケティングの世界で信奉されてきたAIDMAの法則であるが、インターネットの普及によって「Memory(記憶)」の段階が消失し、「AIDAモデル」になってきたという人も出てきた。ECサイトでの購買を思い出してもらいたい。例えばEメールでお勧めの商品情報が届く。メールからそのサイトにリンクして商品を確認し、説明を読んでみる。「うーん、これはいいかもしれない」などと思い、ショッピングカートに入れ、決済。商品は数日もせずに届く。確かにこれでは、「買うかちょっと考えてみよう」と一旦記憶に留めるという「Memory(記憶)」は働いていない。Amazonなどは、同じ購買傾向を持った人同士の購入データを比較して、まだ買っていない商品があった場合にもう一方の人にその商品を自動的にお勧め(レコメンド)するという、「協調フィルタリング方式」という技術を採用している。よく購入する顧客ほどデータが蓄積されるので、レコメンドも適切になる。おかげで筆者はしょっちゅう予定がなかった、つまり「Memory(記憶)」されていないモノをAmazonから購入している。
■インターネット生活者を変えてしまった
インターネットが生活者にもたらした最大の功績は何か。それは、「売り手と買い手の間の情報格差をなくしたこと」である。インターネットのない時代、商品知識も価格相場も売り手側にイニシアチブがあった。しかし、検索や各種の比較サイトの登場で買い手は売り手と同等、いや、自分の関心のある商品に関しては売り手以上の情報を手にしたのだ。
ある家電量販店のポスターには、以前「他店よりも1円でも高い商品があったらお値引きさせていただきます」と自信たっぷりな言葉が書かれていた。しかし、今日では携帯を片手にモバイル版の比較サイトをチェックしながら、店内の商品価格と見比べている客の姿をよく目にする。そして店のポスターの言葉は「他店よりも高い商品がございましたら、できる限りの対処をさせていただきます」と相当トーンダウンしてしまった。
インターネットによって生活者は「購買プロセスの全てを自らコントロールする”賢い消費者”」になることができるようになったのだ。もはやモノを売り買いするときのイニシアチブは買い手側にある。インターネットでの情報検索という行為を丹念に行えばだ。
しかし、全ての人がそれを好むかどうかは別の話しである。また、商品にもよるだろう。例えば筆者はパソコンの購入などの場合は、インターネットで徹底的に調べ上げ、店頭でも実物をさわりまくって体感し、最後はオンラインのBTO(Built To Order) コーナーでカスタマイズモデルを注文する。(ちなみにこの原稿を打っているノートPCは、真っ赤な色をしたこだわりのカスタマイズモデルだ)。しかし、靴を買う場合は、なじみの店、自分をよく知っている店員と談笑しながら、彼の見立ててくれた商品をほとんど言われるがままに買っている。つまり、これからは、商品や生活者の志向によって様々な購買行動が展開されることになるのだろう。つまり、一律の「AIDMA」や「AIDA」では語れなくなってくるのだ。
■それでもインターネットの影響は大きい:「AISAS」モデルの登場
前述の通り、インターネットで一番大きな力を発揮したのは「検索」だ。それに加えて購入した後の商品情報を他人に伝播させる「口コミ力」である。その考え方を入れたのが「AISAS」モデルである。AとIは従来と同じ。次のSは「Search(検索)」だ。次のAも購買のアクションで、最後のSは「Share(共有)」である。このモデルは本誌発行元の宣伝会議社の「ホリスティック・コミュニケーション」という書籍で詳説されているので一読されたい。
確かにインターネットの検索を活用すれば、いつまでも「Memory(記憶)」していなくとも情報はすぐに手に入る。また、「Memory(記憶)」していたとしてもそれが最新情報であるか確認する意味でも、必ず「Search(検索)」は行われる。購買行動モデルの中で「Memory(記憶)」が「Search(検索)」に取って代わられたのは、自分の行動を考えてみてもよく分かるだろう。
最後の「Share(共有)」は「AIDMA」の時代でも行われていた。自分が購入したものを人に自慢する。もしくはその購入は正しかったのかを人に意見を求め確認する。これはフェスティンガー(Festinger, L:1919~1989)という心理学者が1957年に発表した「認知的不協和の理論」にも記されているように、人間は誰しも自らの行為の正当性を確認したがるものなのだ。つまり、モノの購入で考えれば自分でさんざん悩んで買ったものが「正解、正解、いい買い物したじゃない!」と言ってもらいたいが故に色々な人に話す。また、その購入したものについて購入する以前よりも色々と調べたりする。それは、「失敗したと思いたくない」という「認知的不協和を低減するための行動」なのである。車を買った人が、買う以前よりカタログをよく読んだり、その車のムック本を購入したりするのはよくある話しでそれが代表的な例だ。
しかし、「AISAS」モデルの「Share(共有)」は以前と比べ、インターネットによって掲示板やBlog、メールなどでより手軽かつ、広範に行われるため、その部分までケアすべきであるという意味で付け加えられているのだ。まあ、簡単に言えば「売りっぱなし」はダメで、売った側が「認知的不協和の低減化」まで図ることができれば顧客はファン化し、口コミによってさらに顧客拡大ができるということである。
今回は生活者の購買プロセスによる心理変容モデルの変遷を追って、インターネットがどのように生活者を変えてきたのか。また、それにどのように対応すべきかを述べた。しかし、こうしたモデルに「絶対」は存在しない。その時々の環境の変化を通し顧客視点で常に考えていくことが必要なのである。