「販促会議」の9月号が本日発売になりましたので、前号の連載のバックナンバー原稿を掲出します。
なお、本誌の今月の特集は「フリーペーパー特集」で各種フリーペーパーを一気に紹介。媒体資料のダウンロードもあるなど、かなりの力の入れようです。最近力持ち始めた媒体だけに見逃せないかも。
さて、以下、バックナンバーです。
実は、第4回の公開を忘れていたので、一挙公開です。
「長すぎて読みたくなーい」という声が聞こえてきそうですが、どうかお付き合いください。
「”顧客視点”入門講座:第4回」
「人の心は複雑で、思う人とは心のすれ違いばかり。」そんなほろ苦い青春を胸に秘めている方は読者の中にもきっと数多くいるはずだ。そして、「あの時こう言っていたら、こうしておけば・・・」などという思い出が去来するのではないだろうか。
しかし、ビジネスの世界で「すれ違いばかり」では成果は上がらないし、まして「たら・れば」は言い訳にならない。
そこで今回は企業の利益を最大化させることと、顧客の望むお勧め実現することを両立させる一つのフレームワークを御紹介したいと思う。「顧客視点」を身につける実践編だ。
このれは筆者の前職、電通ワンダーマンにて同僚とともに開発したオリジナルであり、どこのマーケティングの本にも載っていないはずだ。その意味では連載の「マーケティングの基礎を学ぶ」という主旨からは外れるかもしれないが、一般的ではなくとも基礎であることには間違いない。これを理解し、実践できればトップセールスマンやトッププランナーになることも夢ではないのだ。なぜなら、これは実際に様々な業種の営業担当者の行動分析調査を基に導き出された物だからである。
■ 「カスタマーインサイト」という名のフレームワーク
カスタマーインサイトとは、「顧客の心を洞察する」という意味である。複雑な人の心の動きを一つのフレームワークに押し込めることによって、対応策を考え出すための物だ。それは<Recognition><Time Saving><Peace of Mind>という3つの要素から構成されている。以下、各々の構成要素について解説しよう。
<Recognition>
顧客の存在を適切に認知・評価すること。つまり、この顧客はどのような人で、どのような行動特性を持っているのか。購買履歴や傾向からするとこれくらい自社の利益に貢献するであろう。というようなことを、顧客のプロフィールデータや購買行動データ、来店履歴やWEBへの来訪・利用履歴などを用いて把握することである。
もちろん、個人情報保護法が完全施行された今日、アンケート等によって最初にプロフィールデータを取得する時点で、当該データを各種のお勧めや自社のマーケティングデータとして使用して良いか、というパーミッション(使用許諾)を取得することは欠かせない。
このRecognitionは言ってみれば商売の基本であり、「大切なお客様のことはちゃんと分かっています!」という態度を示すことにつながる。当然、営業規模の小さな個人商店などは顧客を個別識別し、好みなどもきちんと把握した上で商売をしている。それが、企業規模が大きくなり、顧客数が増え、流通も複雑になった結果、顧客の個別識別ができなくなってしまったのだ。それを顧客データの活用によって商売の原点に戻そうということである。顧客の状況がつかめていなければ打ち手も考えられない。極めて基本であり、かつ重要な原点である。
<Time Saving>
利便性の提供、若しくはボトルネックの解消である。これも商売からすれば当然のことであり、「お客様にお手間は取らせません!」という姿勢を示すことだ。つまり、顧客がふとしたきっかけで「こんな資料が欲しいな」などと思ったら、すぐに提供する。顧客が何か契約の更新や申し込みなどを忘れていたら、きちんと思い出させる。顧客が気になったものがあったら、探しやすい環境を提供する。そういう努力を惜しまないことが大切だ。
肝に銘じなくてはいけないのは、顧客は移り気な存在であるということである。その気になった、つまり何らかのライフステージの変化があったときに、このTime Savingを提供しなければ、顧客は「まぁ、なくてもいいか」とか、「これじゃなくてもいいか」などと思ってしまい、自社のビジネスチャンスを逸することになるのである。特にいくらでも代替物のある最寄り品(消費者があまり比較検討せずに購入する日常生活雑貨・食品)や、できれば余り普段考えずに済ましたい、保険などの低関与度商品はその危険性が極めて高い。そのためにも顧客の手間を省くためには、売る側は手間を惜しんではいけないのだ。
しかし悲しいことに、それができない。前述の通り、このフレームワークを考える際に役に立ったのは、様々な業種の営業担当者の行動分析調査であると先に述べた。その調査の中で成績上位の営業担当者と下位の担当者に対して共に、「お客様に手間を取らせないように○○というようなことはしていますか?」と質問すると、どちらからも「はい、やっています。基本ですから」と答えが返ってくる。確かに連載第2回で従来のマーケティングの4P以外にもProcessのPが重要であると述べた。しかし、上辺のプロセスだけ見れば同じことでも、どこまで徹底してやっているかで結果は大きく異なるのだ。
低関与商品の代表の一つとしてあげた生命保険の契約を例に考えてみよう。これは筆者の実体験だ。駄目な営業担当から保険の申込書が送られてきた時には、「鉛筆で丸印を付けたところに印鑑を押して返送してください」とだけ書いた付箋紙が貼り付けられていた。その通り捺印して送付すると、なぜか突然それが送り返されてきて、「2か所捺印漏れがありました」などと書いてある。何のことはない、その担当者が捺印すべきところに鉛筆の○を2か所付け忘れたからだ。筆者は面倒になって契約をキャンセルしてしまった。彼はビジネスチャンスを失ったわけだ。
ある時、非常に気の利く優秀な営業担当に交代し、それをきっかけに保険の見直しをしてみて、新規加入をすることになった。今度送られてきた申込書類には捺印箇所に鉛筆の○があるだけでなく、申込書の分かりにくいところには解説が付箋紙で幾つも張られていた。営業担当者の直筆だ。ここまでされると間違えないだけでなく、非常に彼に対する信頼感が自分の中で醸成されるのが分かった。
つまり、Time Savingはどこまで徹底して行えば、本当に顧客の手間が省けるかを考え直すところがポイントなのだ。
<Peace of Mind>
本質的な価値の提供によって、顧客に安心感と満足を与えることである。結果、顧客は「ああ、これでよかったんだ!」という気持ちになり、顧客と企業及び担当者の相互信頼関係が生まれる。そこから初めてアップセルやクロスセル、アフターマーケティングや顧客紹介への道が開けるのだ。
では、「本質的な価値」とは何か。同じく生命保険を例にとって考えてみよう。保険に入ると保険証券が送られてくる。しかし、そんな物はただの紙っぺらだと誰もが分かっている。では、万が一の時に支払われる一億だか何千万だかの保険金の額が本質的な価値なのか?確かにその金額は重要だろう。しかし、保険の本質的価値とは「自分に万が一のことがあっても、家族は大丈夫だろう」という「安心感」なのだ。前述の○を付けるのを忘れて申込書を突然送り返してくるような担当者は、明らかに自らが扱っている商品の本質的な価値を理解していなかったのだ。誰がそのような担当者に安心感を見いだせようか。
逆に極めて関与度の高い商品であるマンションを例に考えてみよう。毎週末、新聞にはイヤというほど新築マンションのチラシが折り込まれてくる。しかし、それらを並べてみると「駅近3分」「全室角部屋住戸」「安心のダブル・セキュリティーロック」など、そのマンションというハコのスペックを競う内容の物ばかりだ。
マンションの本質的な価値とは何だろうか。その個々の住戸や建物全体というハコなのだろうか。しかし、マンションは長期に亘って家族がそこで暮らす場所である。「マンションを買う」ということは、「人生の中で長期間に亘る家族との暮らしを買う」ということに等しい。だとすれば、訴求すべきは細かいスペックではなく、周辺の生活環境や将来的なアフターサービスの万全さ、子供の成長に対応すべくどのような設計の工夫がなされているのかなどの点だと分かるだろう。
つまり、本質的な価値を理解しているのといないのでは、広告の作りからモデルルームでの担当者の接客まで、すべてが異なってくるのだ。事実、最近数社のマンションデベロッパーは広告や売り方・接客などが明らかに以前と異なってきている。果てしないスペック合戦の末に、自分たちの商品の本質的な価値に改めて気づいたのであろう。
■フレームワーク活用法
「カスタマーインサイト」は理解できただろうか。フレームワークは考え方の整理であり、黙って読んでいるだけでは抽象的に感じられるかもしれない。今回も幾つかの例示をしてみたが、自分のビジネスに当てはめて考えてみなくては具体的な意味合いはなかなか見えてこないだろう。しかし、一度使いこなし方が分かったら、様々な局面で応用が可能となるはずだ。また、他の担当者や他業種を見てもそのポイントが分かるようになり、自分のビジネスに取り込める要素が見つかる。是非、この3つの要素を自分のビジネスや行動を当てはめて見つめ直してみることをお勧めしたい。
「”顧客視点”入門講座:第5回」
今回は前回の続編とも言うべき内容なので、まずはおさらいから入ろう。「顧客の心の中を洞察し、しっかりと離さない」ためには以下の3つの要素が欠かせないと論じた。Recognition =顧客の存在を適切に認知・評価する。Time saving =利便性を提供する。Peace of mind =本質的な価値・安心・満足の提供。この3つの要素から構成された、「顧客との関係性を深めるためのフレームワーク」を活用し、第3回の「企業は顧客との関係性の中から利益を出す5つのポイント」と併せて、「顧客を優良顧客へと進化させる方法」を今回は提示したい。5つのポイントとは、ライフステージの変化に対応する、アップセリングを図る、クロスセリングを図る、アフターマーケティングでさらに収益を拡大する、お客様紹介(MGM)で顧客の拡大再生産を図る、である。
■顧客は三段階で進化する?
「顧客が進化する」とは、企業が行う各種施策によって徐々に顧客を優良顧客化することができるという考え方で、論者によって3段階だったり5段階だったりする。しかし、何段階であるかより重要なのは、本来、「”顧客が進化する”のではなく企業側が懸命に各種の働きかけをすることによって、”顧客との距離が縮まる”」のだという基本認識だ。冒頭では分かりやすくするためによく使われている表現を使用したが、顧客は決して勝手に進化などしてくれない。顧客視点で考えれば簡単に分かることであるが、ともするとマーケティング的表現は誤解を誘発する。注意が必要だ。
さて、その3段階での「顧客への働きかけ」の具体的な内容を見ていきたい。
■Step 1:最低限のCSの達成段階
企業にとっての最大のダメージは、マーケティングコストを投下し、せっかく商品の購入などの関係が構築できた顧客が離れていくことである。そうなってしまっては、せっかく顧客化のために投下したコストも水泡に帰してしまう。そうならないためには”Recognition”つまり、「顧客を理解し、適切なケアを行う」というポイントを怠らないことが重要だ。そうすれば最低限のCS(Customer Satisfaction =顧客満足)は達成され、少なくとも顧客の不満が解消でき、離反は防げる。例えどんなマーケティングプログラムを先々用意していたとしても、関係構築ができたばかりの顧客が離れていっては何にもならない。ここが基本ポイントである。そのためには顧客の人生の節目(ライフステージ)、もしくは何らかの”きっかけ”をきっちりとフォローしていくことが重要なのだ。
■Step 2:満足度の向上段階
一度顧客になってもらったら、その顧客には再度購入してもらいたい。そのために前のステップが存在したのだから当然だ。収益構造(レベニューモデル)として再購入を前提としてマーケティングプログラムが構築されている場合も少なくない。例えば、PCメーカーのデルコンピュータの収益モデルは、一人の顧客に5年間の間に3台のPCを購入してもらうことで成立するよう組み立てられているという。デスクトップPC→ノートPCの追加購入→デスクトップPCの買い換えという具合だ。つまり反復購入なくして早期に離反が起これば、マーケティングコストのROI(Return On Investment = 投資対効果)が赤字となってしまうのだ。
確かに一度自社の商品・サービスを購入し、使用体験を持つ顧客であれば、初回購入に踏み切らせることよりも壁は高くはないだろう。しかし、再購入・反復購入という壁は一見低そうに見えるが厚く、突き破ることは難しいのである。
ではどうすればいいのか。Recognitionは当然として、Time savingの要素を忘れないことが肝要だ。顧客に対してタイミングよく適切なお勧め(レコメンデーション)を行い、その商品の買い換え、または買い増し(アップセリング)、もしくは関連商品の購入(クロスセリング)の必要性を感じさせ、納得してもらい、購入結果に満足してもらうのだ。そのためには、むやみやたらとお勧めを繰り返すのではなく、「顧客に最も必要なものを提供する」という基本精神を忘れないことである。また、反復購入のほかにも、例えばプリンタやコピー機の場合のように、サプライ品や保守メンテナンスなどで収益を上げる(アフターマーケティング)ことも可能となる。
■Step 3:満足度の最大化段階
反復購入を続けてくれる顧客と企業の間には次第に信頼関係が生まれ、強固になっていく。そして顧客がファン化する。この段階までくれば、顧客と企業の最適な関係が維持されさらに拡大されていくことになる。つまりPeace of mindが達成された状態だ。ここに至るまでには前段階でいかに努力したかが重要であり、前段階を飛び越したり、最初からこの段階を狙ってできるものではない。一段抜かしや二段抜かしで階段を駆け上がることはできないのだ。
この段階に至ると企業にとって嬉しいことに、顧客が企業(もしくは企業側の担当者)に対して積極的にコミット(関与)してくれることだ。つまり、顧客自身が満足している商品・サービスを友人に勧めてくれるのだ。前回生命保険の契約を例として述べたが、筆者の生保の担当営業は非常に優秀でサービスもよく、とても緻密に設計されたプランを提案してくれた。それがきっかけでファン化した筆者は、実は新入社員や結婚した知人に、人生の節目に保険の加入や見直しを勧め、その担当者に紹介している。(今までに4人ほど加入したようだ)。 さらにこのタイミングを見計らって、何らかの紹介インセンティブを付与するMGM(Member Get Member =知人紹介)のプログラムを行うと非常に効果的である。
逆に間違った例として、全顧客に対して一律にこのMGMのプログラムを投下していることをよく目にする。”紹介”は、紹介者が程度の差こそあれ、ある程度のリスクを負う行為であると理解すべきだ。例えば自分が勧めたものが被紹介者である友人・知人に気に入られなかったら、恐らく気まずい思いをするだろう。それが高額なものであったら関係が悪化するかもしれない。そのリスクを冒してまで紹介という行為に踏み切るのは、顧客自身がその商品・サービスに満足し、間違いないと確信しているからにほかならない。つまりPeace of mindが達成されていなければ、いくら紹介を依頼してもそれが達成されることはない。故に、全顧客に対して一律にMGMの施策を投入することは甚だ効率が悪いものになるのである。しかし、企業側の都合で「お客様紹介キャンペーン!」なるものを全顧客に対し展開している例は数多い。自らの立場に置き換えて顧客視点で考えれば明白なのに、やはりその基本を忘れてしまっているのだろう。
以上が顧客との距離を縮め、優良顧客化するための3段階の方法である。連載の第3回4回の集大成といった感じであるが、マーケターという視点ではなく顧客視点で読み返せばごく当たり前なステップであることがわかるだろう。しかし、この連載の主旨である顧客視点でマーケティングを捉え直すには有用なフレームワークである。一度、自社の施策全体をこのフレームで俯瞰して見直してみていただきたい。