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2005.07.06

全国のビジネスマンを敵に回したかも?!

日経BizPlusの新連載「ニッポン万華鏡(カレイドスコープ)」。
第1回の都心回帰に関する続編を第2回で取り上げようと思っていたのですが、どうしても書きたい内容があって、急遽予定を変更してしまいました。(続編は第3回に掲載されます)。

どうしても書きたかったのは「クール・ビズ」について。
・・・嫌いなんです。あのスタイルが、、、。
確かに涼しそうだし、確かネクタイをしているのとしないのとでは残存余命に影響が出るとも聞いています。石頭かもしれません。でもでも、やはりビジネスマンはスーツにネクタイだと固く信じてやまない金森なのでした。(オールバックのヘアスタイルは誰にも強要しませんが・・・。)

かくして、クール・ビズは日本に根付くのか?をロジャースの普及論と、ムーアのキャズム理論を使って検証してみました。是非、以下をご覧ください。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=2005111602onec6


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

「cool!じゃない? クールビズ」(2005/07/05)
 最近、男たちの襟元(えりもと)がどうもだらしがない。そう、クールビズだ。しかし、どうもcool(カッコイイ)とは言い難い。カジュアルウエアがなくて、「とりあえずネクタイだけ外してみました」という日曜日のお父さんの外出姿。そんな出で立ちで、ビジネス街を闊歩(かっぽ)する人々が気温の上昇と共に増えてきた。この光景はニッポンの夏に定着するのだろうか?

■夏の官製ファッションの再チャレンジ

 夏の官製ファッションといえば、オイルショックの時に故大平正芳首相が「省エネ・ルック」を提唱。その後、羽田孜首相も「省エネスーツ」と呼び名を変えて着用していた。

 しかし、一般にはまったく根付かなかった。なぜか? 誰でも感覚的に分かる。スーツ姿なのに腕が露出している男の姿はあまりにカッコ悪かったからだ。多くの人がファッションとして破綻していると感じたのだろう。しかし、今度のクールビズは時の首相を具体的なモデルとして登場させるのではなく、地球温暖化防止を錦の御旗に「28℃の冷房でも涼しく効率的に働くことが出来るような"夏の軽装"」というドレスコードだけを設定している。

 その上で、6月5日に愛知県で開かれている「愛・地球博」で"クールビズ・コレクション"なるものを開催し、政財界のお歴々と、その企業の若手社員がモデルとなって模範例を示した。スタイリストが付いて仕上げたであろうその姿は、それなりにカッコイイ。ノーネクタイの代わりにポケットチーフが覗(のぞ)いているなど憎いコーディネートだ。

■ネクタイがなければクールビズ?

 先の"クールビズ・コレクション"で披露されたお手本ではジャケットの着用は人によってあったりなかったりであったが、一様にノーネクタイだ。ネクタイの業界団体が「狙い打ちだ」と非難の声を上げたのも分かる。しかし、確かに夏に襟元に巻き付く布切れは暑く、誰でも夏には好んで着用したくはない。

 そもそもネクタイの発祥は諸説あるが、17世紀クロアチア騎兵隊の首に巻かれた色鮮やかな布であるといわれている。クロアチアといえば地中海から大陸に広がる国で、内陸部なら夏でも平均気温は20度前後。日本の夏とは大違いである。

 そのネクタイを日本に持ち込んだのはジョン万次郎が最初であるともいわれているが、日本の気候に向いているとは言い難い。それ故にノーネクタイのお手本を見せられれば、すぐさまネクタイを外し胸元のボタンを開けてしまいたくなるのが人情だろう。

■ノーネクタイは勇気の印?「普及論」で考えてみよう

 ノーネクタイにすれば確かに涼しく楽だ。しかし、長い間世間では、「ネクタイの着用はオン・ビジネスである印」という暗黙の認識があった。それ故に、ある保険会社の社員がノーネクタイで顧客の元を訪問したら「失礼だ」とクレームになったという例もあったようだ。世間の認識はそう簡単には変わりはしないだろう。

 ここは一つ、E・Mロジャースの「普及論に基づいてマーケティングの視点から考えてみよう。クールビズのお手本よろしく専用のシャツを購入し、ご丁寧にポケットチーフまで付けているような人はさしずめ「革新的採用者(イノベーター)」である。しかし、この人々は別名「冒険者」と呼ばれ、誰も手を出さないようなものに何でも一番に飛びつくことに喜びを見いだす層である。従ってこの層だけが反応しても次の「初期少数採用者」へとは続かない。

 クールビズの「初期少数採用者」とは、革新的なスタイルとしてではなく、涼しさを求めて単純にネクタイを外した人々だろう。しかし、世間の認識はまだまだ保守的な層も厳然と存在する中、涼しさの代償としてそれにチャレンジするのはなかなか勇気のいることではある。

 そう、確かに「初期少数採用者」は別名「尊敬される人々」とも呼ばれ、この層が反応し出すと、次の「前期多数採用者」というボリュームゾーンに伝播するとロジャースは説いている。では、クールビズは日本の夏の風景として定着するのであろうか?

■世間の認識の「溝」を超えられるか?

 ロジャースの普及論に一石を投じた、ジェフリー・ムーアの「キャズム(溝)理論」というものがある。ムーアはロジャースの普及論を肯定しながらも、「初期採用者と前期多数採用者の間には大きな"溝"があり、シームレス(連続して)につながっているものではない」と論じたのだ。クールビズに当てはめてみれば、その「溝」とはやはり「世間の認識」であろう。

kanamori0705

ノーネクタイの官製ファッションに対し「狙い打ち」と反旗を振りかざしたネクタイ業界だが、最も心配された父の日には例年通りの売り上げを達成し、胸をなぜおろした。つまり、世間の認識はまだまだ「男はネクタイ」「仕事中はネクタイ」ということを表しているのではないだろうか。だとすると、ムーアの主張する通りクールビズはその溝を超えられず、夏の官製ファッションは再び根付かず終わるのではないかということになる。

 あえて批判を覚悟で告白してしまうと、筆者は仕事とファッションに関しては保守的な考え方の持ち主で、「どんなに暑くともネクタイは仕事の気合いの象徴」と考え、外すつもりはない。また、冒頭に記したような、ちょっと襟元がだらしない男達がニッポンの夏の風景になって欲しくないと考えているのだ。本音では女性たちの涼やかなオフィスカジュアルをうらやみながら・・・・・・。

 ロジャースの「普及論」が正しければ、夏本番のこれから益々ノーネクタイは増えるだろう。ムーアが正しければ、ある一定の線でノーネクタイ族は増加が止まるだろう。どちらがこの事象に関しては適応できるのか。ファッションだけでなく、マーケティングの観点からも興味のつきないところだ。

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