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6 posts from July 2005

2005.07.26

「プロジェクトチーム立ち上げの必須要件とは?」

BizPlusの読者の方から「結構面白いのに、何でBlogの方に転載(リンク)させないの?」というメールを頂きましたので、ご要望に気をよくしておっしゃるとおりにさせていただきます。

昨今、プロジェクト型の取り組みが特に各企業で行われています。
その成功のポイントをだれもが知っているアナロジー(類推)で表してみたものです。
(安易なアナロジーは危険であるとハーバードビジネスの7月号に書いてありましたが、、、。)

できるだけ気楽に読めるように書いたつもりの回なので、ご一読いただければ幸いです。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/eigyo/rensai/index.cfm?i=e_crm83

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2005.07.19

「都心回帰かもたらすものは?(2)」

以前執筆した「都心回帰かもたらすものは?(1)」の続編です。

といっても、実は1と2は続けて書いたのですが、どうしても掲載の間に「クール・ビズ」の話が書きたくなって、泣く泣く離ればなれになってしまいました。お読みになる前に(1)を振返っていただけると幸いです。

内容的にはじぶんでも「極論かな?」と思っていますが、どうも近い将来的にはここに書いたような「階層社会」が日本にもやってくる(もうやってきている?)ように思えてなりません。

どうぞご意見を頂ければ。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=2005111603onec6

-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

 第1回で、企業の遊休地に次々と出現している駅近や再開発地区のマンション群が街の風景を変え、人々の行動も、企業の競争戦略も変え始めているという現状を指摘した。今回はさらに、人々の暮らしの変化を掘り下げてみたいと思う。

■駅近マンションの住人はどこからやってくるのか?

 マンションが林立する。さて、そこに住む住人はどこからやってくるのか。今まで何もなかったような所に突然出現した大規模再開発の場合、元の居住エリアに関わらず、広い範囲から人々が集まってくる。まさに新しい街に新しい住人が集まってくるのだ。

 しかし、駅近の小規模な工場や企業の倉庫などの跡地に虫食い状態にできたマンション群の場合、実は多くの住人はそこから1.5㎞以内に居住していたか知人・親類縁者がいる場合が8割を占める。これは数年前、長谷工コーポレーションが調査した結果である。要するに、以前から地縁・血縁のあるエリアの駅近くに利便性を求めて居を構えたというわけだ。

 駅近マンションが古くからの住人を吸引する。そしてその周辺にはさらなる利便性を提供すべく、24時間の大規模スーパーやドラッグストアなどが続々と進出してくる。やはり、利便性を求めて転居してきた住人層であるが故、駅に背を向けて今まで買い物をしていた商店街や小規模地元スーパーに戻ることはない。その利便性と、豊富な品揃え、今まで見たことのないような食材の数々に一気にファンになってしまうのだ。

■買い物客は二極分化する

 上記のごとく、駅近のマンション住人は新しい店に吸引されていくが、従来からの住宅地の住人がわざわざそこに出てきて買い物をすることはあまりない。距離的問題もさることながら、駅近はやはり物価が高いのだ。同じ品物を比べてみれば地元商店街との価格差は歴然である。しかし、新たな駅近マンションに転居した住人たちは、従来の商店街に戻っていくようなことはしない。価格以前に利便性と豊富な品揃え、珍しい食材・商品に魅了されているからだ。さらに、多少価格が高かったとしても、前回紹介したような「マイカーあきらめ族」や100%全室駐車場付きの物件を手にし、その駐車場を貸しに出しているような場合、可処分所得は高くなっており商品価格が大きなボトルネックにはなりにくい。かくして、同じ駅でもその駅からの距離で、商業施設も利用者も二極分化していくのだ。

■階層二極化を象徴する駅近マンション

 少々話は飛ぶが、米国においてはGIS (Geographic Information System=地理情報システム)を活用したエリアマーケティングが盛んに行われている。「この地区はどの程度平均所得があり、このような人種が多く、消費性向はこのようなパターンだ。だから、こんなプロモーションを投下してみよう」といった検討を、地図上の500メートル~1キロのメッシュの中に込められた各種統計データを元に解析し、展開するのである。しかし、今まで日本においては、なかなかこれが普及しなかった。なぜなら、日本においては人種がほぼ画一であることに加え、居住地区による所得や消費性向がきれいに分かれておらず、分析しても施策が展開できるレベルまではっきりした傾向を出すことができなかったからだ。

 だが、これからは前述のように駅周辺部であるか否かで 米国のようにはっきりと色分けができるようになってくるに違いない。駅近マンションが地元の街に平均的に散らばっていた高可処分所得層という、上澄みの部分だけを駅周辺に集めてしまったからだ。おそらく今後はGISでの分析結果もきれいに分布が描けるようになり、異なったプロモーション施策がエリアごとに展開されるようになってくるのだろう。

■所得格差社会到来の先駆け

 日本の「総中流社会幻想」は崩壊し、「階層二極化社会」が到来すると言われて久しい。しかし、森永卓郎氏の一連の「年間所得300万円時代にいかに生きるか」を説いた書籍が多くのサラリーマンに読まれている一方、長者番付一位輝いたタワー投資顧問の清原達郎・運用部長もサラリーマンだ。また、当たり前なサラリーマン人生への出発を嫌う起業家志向の学生も年々増加している。そんな世の中の変化と共に、あちらこちらの街の風景やそこでの住人の暮らし・買い物の姿によく目を凝らしてみると、「階層二極化社会の到来」という言葉がにわかにリアリティーを持って見えてくる。

 前回からの「都心回帰と変わる街の風景」という局所的な事象でここまでの結論を出してしまうのは近視眼的に過ぎるかもしれない。しかし、これも一つの事実であり、変わりつつある日本の風景の一片を覗いてみた結果なのだ。

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2005.07.11

毎日新聞社「週刊エコノミスト」2007年問題特集

先週発売された同誌も、すでに店頭から姿を消しましたので、再掲させていただきます。


毎日新聞社「週刊エコノミスト」2007年問題特集

どのようにして伝承するか?
暗黙知を形式知化して伝承するには、どんな方法があるのだろうか。
ただ、「プロセス」だけでは足りない。魂の伝承も必要なようだ。果たして、できるのだろうか。

「溶接ロボットとラーメン作りで考える2007年問題の解決法」

 「2007年問題」を、単なる〝労働力の減少”という見方でとらえると、その本質を見失う。問題は、団塊の世代が「形にならないノウハウやナレッジ(知見)」を抱えたまま、舞台を降りてしまうことなのだ。特に顕著なのがIT業界である。企業において長年大型汎用機などの基幹系システムを開発・保守してきたのはベテラン社員であり、若い社員はコンピュータのダウンサイジングの流れに乗って汎用機からオープン技術へとシフトしていった。さらに、汎用機を主体としていたシステムエンジニアが数多くリストラされ、人員が補充されなかったことも影響する。そして起こったのがシステム障害である。
 みずほ銀行やUFJ銀行の合併時に発生した顧客口座からの二重引き落としなどに代表される問題は記憶に新しい。原因は諸説あるが、実際のところはシステムの技術面の問題よりも、過去の経緯やいきさつなどから現在に至るまでの業務の流れが把握されていなかったことにあるといわれている。つまり、各電力会社や自治体によって個々に異なる例外処理は、長年保守業務を手がけてきたベテランが関与しなければ仕様漏れが生じ、結果としてシステムに障害を来し、二重請求などの顕在化した事故へとつながるのである。
 つまり、ベテランの頭の中のノウハウやナレッジを、マニュアルといった誰が見てもわかる形あるもの(形式知化という)にせず、混然と彼らの頭の中だけに存在させた(暗黙知という)ことに問題がある。

 銀行トラブルは社会問題化しただけに、あたかも「2007年問題」の中心はIT業界であるがごとくいわれている。しかし、〝暗黙知が形式知化されず、ノウハウを頭の中に抱えたままベテランが引退してしまい、業務に支障
を来す"ことが「2007年問題」の本質であると考えれば、やはりこれは全産業的な問題であることがわかるだろう。

■若年層への伝承
 各企業は手をこまねいているだけではなく、「2007年問題」の対処をしているという話題も、各紙誌で目にするようになった。だが、その内容を見てみると、問題を先送りしているにすぎない対策・施策がほとんどだ。
「60 歳定年を5年間延長」「定年者を好待遇の嘱託社員として再雇用」「退職者を組織化して、何かあった時の〝ホットライン"を設定」などなど。
 定年延長はメーカー系に多く、嘱託としての再雇用はサービス業、ホットラインはやはり万が一の時を考えてかIT系の企業に多い。それは仮に5年間定年延長を行ったとし2007年に起こることを2012年に先送りしているにすぎない。

 暗黙知としてのノウハウを抱えたまま定年を迎える人に、一時的に頼ることは必要だろう。しかし、本質的に大切なことは、5年なら5年、という限られた時間で彼らの頭の中の暗黙的ノウハウを、きちんとした形のある形式知として残し、それを若年層に伝承することである。

 昔から「ノウハウは人につくもの」などといわれ、最終的には教えられるのではなく自ら体得していくしかないという通説がある。しかし、その通説と、伝承を実行する手間を厭うたことが、今日の「2007年問題」を引き起こしているのだ。
 人から人への伝承の最たるものは「徒弟制度」であろう。徒弟制度における弟子入りは、自分の一生をその仕事に捧げることを意味する。また、自らの師匠に認められるまでは、決してその元を離れることはない。ある時は教えられ、ある時技を盗むことによって技術は伝承され、一人前の職人が育てられるのだ。
 しかし、今日のように職業選択の自由が保障され、人材が流動化している時代に、それは成立しない。企業の終身雇用制度は崩壊し、働く側も自らの能力を評価し高いインカムを与えてくれる所へと転職することに躊躇しない。そんな時代に、人から人への伝承、つまり師匠の頭の中の暗黙的ノウハウを、弟子が体験を通じて暗黙的に会得していくことなどは全くのナンセンスである。
 ポイントは、最終的に師匠から弟子に伝承するにしても、その中間段階でマニュアル化などを行い暗黙知を形式知化することなのである。
(コラム「方法論その1:溶接ロボットに学ぶ形式知化」参照)。

◆「方法論その1:溶接ロボットに学ぶ形式知化」
人に依存しなかった技術伝承の顕著な例としては、溶接ロボットに
代表されるだろう。それまで職人芸の領域にあった溶接という技術
を高いレベルで大量に水平展開し、工場の自動ラインに乗せようと
いう試みがなされ、溶接職人の技術をプログラム化し、工業ロボッ
トに組み込んだのである。
1980年にはロボットの出荷が始まったが、その開発の歴史は決し
て平坦なものではなかった。だが、その甲斐あって溶接ロボットは
「徒弟制度」における弟子以上に忠実に、かつ、耐用年数の限界を
過ぎるまで一生涯を溶接業務に捧げ、世界中の工場で今日も静かに
黙々と活躍を続けている。しかし、すべての産業の業務をロボット
に伝承できるほど現代のテクノロジーは発達していないのは明らか
だ。ここで学ぶべきは、溶接の世界においてはロボットに伝承すべ
く「プログラム化」という、職人の暗黙的なノウハウを形式知化し
たことだ。無論、すべての溶接技術がロボットに伝承されているわ
けではなく、非常に汎用的かつ反復的に行われる部分に限定されて
いるのはいうまでもないが、それでも職人のちょっとした加減など
をプログラムで再現できるようにしたのは並大抵の苦労ではなかっ
ただろう。

■ホワイトカラーの技術伝承
 本人も意識していないようなプロセスを表出化させることの難しさという意味では、最も困難なのは、「ホワイトカラーの技術伝承」かもしれない。ホワイトカラーの本分は「自ら考えること」であり、頭脳の働きがサラリーという対価として支払われている。
 個々人の脳神経の働きを伝承することはできない。また、考える作業は無意識下でも行われる。さらに、各企業における複雑化したワークフローも単純に伝承することを妨げる。

 その課題にある手法をもって挑んだ例が米国にある。「シャドウイング」と呼ばれているその事例を紹介しよう。
主人公は米サンフランシスコ市・郡立法管理局の管理委員会書記官である女性担当者だ。米国も、日本より2年ほど遅れて「ベビーブーマー世代の大量定年退職」という問題を抱えている。
 彼女の職場は役所特有の複雑な業務プロセスが渦巻いていた。サンフランシスコ市ほどの巨大組織になると、日々の業務は脈々と行われ、職員の大半は何のためにその業務が行われているのかも分からず、組織は肥大化し、業務も増え続ける。その悪循環をホワイトカラーの技術伝承というテーマとともに解決しようとしたのだ。
 「シャドウイング」のシャドウの意味するところは、伝承すべき担当者に陰のように張り付く人間を指す。その実行チーム、「シャドウチーム」に参画する人間を彼女は市からでなく、外部の様々な機関から募った。なぜ、
内部の人間ではないのかは、「既存の業務が当たり前に見えない、斬新な視点が必要」だと考えたからだ。
 では、シャドウイングとは具体的どのようなものなのか。基本は、シャドウが有用な暗黙知を持っていると思われる担当者に張り付き、その業務を観察して文書化することである。必要に応じて、「今行われた業務は何のためにやっているのか、ポイントは何か、どのようなイレギュラーケースがあるのか」などを業務が行われる都度、詳細に聞き出して文書化するのである。
 ポイントは担当者自身は通常通り業務を行い、シャドウがすべて文書化することにある。いかに業務のプロセスを細分化し、その細分化された各々の業務について、深く聞き出していくことに正否がかかっている。聞かれた本人も無意識に行っている、あるいは慣例的に行われているだけの業務も多く、即答できない場合も多い。その時は聞き方を変え、他の業務との関連性なども考えさせ、答えを引き出していくのだ。当然、アウトプットとしての文書は、本人に無理に作成させ、行間が抜け落ちたものよりも数段詳細で洗練されたものになる。そして、それらを精査し、適正プロセスを定義しマニュアル化する(形式知化しいつでも誰でも使えるように伝承する)ことでシャドウイングは完成するのである。
(コラム「方法論その2:重要なプロセスほど無意識」参照。)

■魂の伝承
 この事例は、ジャストシステムのユーザー会が主催した、「KM World & Internet’s 2004」見学ツアー(カリフォルニア州サンタクララ郡で開催)で聴講した。同行したあるメーカー企業の担当者は、「これぞ伝承の解決法」と帰国後早速、実践に移している。
 ただ、日本で展開する際には、もう一つだけ要点がある。それは米国的な唯物論の見方で「プロセス」にのみ注目しては真の伝承は成し得ない、ということである。
 以前、筆者は、保険会社の営業担当者のプロセス分析を行ったことがある。最上位の年収億単位のトップセールスから最下位の年収3 50万円の担当者まで十数名のセールスプロセスをすべて洗い出した。行ったことはシャドウイングのダイジェスト版のようなもの。そこでわかったのは、最上位でも最下位でも、大まかに見ると同じようなプロセスを踏襲しているということである。そして、各々の担当者は各プロセスを自分では「きちんとやっている」と思っている。
 重要なのは各プロセスの意義を認識させ、どのレベルまで深く、きめ細かく行えばいいかを教育するかであり、マインド面も同時に強化することである。営業担当はホワイトカラーであるが、最終的には自ら切磋琢磨する”営業職人魂”までを身につけなくてはならないのだ。それは、営業職に限ったことではない。つまり、「2007年問題」を回避するためには、問題を先送りし、定年退職者に頼るのではダメなのだ。彼らの頭の中身を形式知化し、それを若年層にプロセスとして伝承し、かつ、暗黙的なマインドまでも教育を通じて彼らの第二のDNAとして刻み込むことまでが必要なのである。

◆「方法論その2:重要なプロセスほど無意識・ラーメン店の例」

年老いたラーメン店の店主が、常連客に店をたたむと打ち明けた。
すると常連客は脱サラし、弟子入りさせてくれるように懇願する。
熱意に負けて弟子入りを許し、修行すること3年。ようやく、師匠
の味に近づくことができた。ただ、何かが違う。調理のプロセスは
完全に師匠のそれを踏襲している。どこが間違っているのか、当の
師匠にさえもわからない。
さらに、師匠の動作をつぶさに観察していた弟子はある時、ハタと
気がついた。彼は師匠と体格が全く異なり、大柄な男だった。その
ため、料理に入れる調味料を器からおたまですくい取る時の、おた
まを差し入れる角度が違っていたのだ。
おたまの中の調味料の量は忠実に再現していたが、器に差し入れる
角度が違っていたために、おたまの裏面に付着する調味料の量に差異
が生じていたのだ。その点まで師匠と同じように再現した時、初めて
師匠の味と寸分の違いもない味が再現することができた。
昔のことなので細部の記憶は曖昧だが、職人芸の伝承と言うと、以前
ドキュメンタリー番組で見た「ラーメン店への脱サラ弟子入り」のこ
とを思い出す。溶接職人のロボットへの技術伝承と同じく、技量の高
い職人ほど重要なプロセスを本人は意識せずに行っている。その点を
いかに洗い出せるかで技術伝承の精度が異なってくる。

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2005.07.06

全国のビジネスマンを敵に回したかも?!

日経BizPlusの新連載「ニッポン万華鏡(カレイドスコープ)」。
第1回の都心回帰に関する続編を第2回で取り上げようと思っていたのですが、どうしても書きたい内容があって、急遽予定を変更してしまいました。(続編は第3回に掲載されます)。

どうしても書きたかったのは「クール・ビズ」について。
・・・嫌いなんです。あのスタイルが、、、。
確かに涼しそうだし、確かネクタイをしているのとしないのとでは残存余命に影響が出るとも聞いています。石頭かもしれません。でもでも、やはりビジネスマンはスーツにネクタイだと固く信じてやまない金森なのでした。(オールバックのヘアスタイルは誰にも強要しませんが・・・。)

かくして、クール・ビズは日本に根付くのか?をロジャースの普及論と、ムーアのキャズム理論を使って検証してみました。是非、以下をご覧ください。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm?i=2005111602onec6


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

「cool!じゃない? クールビズ」(2005/07/05)
 最近、男たちの襟元(えりもと)がどうもだらしがない。そう、クールビズだ。しかし、どうもcool(カッコイイ)とは言い難い。カジュアルウエアがなくて、「とりあえずネクタイだけ外してみました」という日曜日のお父さんの外出姿。そんな出で立ちで、ビジネス街を闊歩(かっぽ)する人々が気温の上昇と共に増えてきた。この光景はニッポンの夏に定着するのだろうか?

■夏の官製ファッションの再チャレンジ

 夏の官製ファッションといえば、オイルショックの時に故大平正芳首相が「省エネ・ルック」を提唱。その後、羽田孜首相も「省エネスーツ」と呼び名を変えて着用していた。

 しかし、一般にはまったく根付かなかった。なぜか? 誰でも感覚的に分かる。スーツ姿なのに腕が露出している男の姿はあまりにカッコ悪かったからだ。多くの人がファッションとして破綻していると感じたのだろう。しかし、今度のクールビズは時の首相を具体的なモデルとして登場させるのではなく、地球温暖化防止を錦の御旗に「28℃の冷房でも涼しく効率的に働くことが出来るような"夏の軽装"」というドレスコードだけを設定している。

 その上で、6月5日に愛知県で開かれている「愛・地球博」で"クールビズ・コレクション"なるものを開催し、政財界のお歴々と、その企業の若手社員がモデルとなって模範例を示した。スタイリストが付いて仕上げたであろうその姿は、それなりにカッコイイ。ノーネクタイの代わりにポケットチーフが覗(のぞ)いているなど憎いコーディネートだ。

■ネクタイがなければクールビズ?

 先の"クールビズ・コレクション"で披露されたお手本ではジャケットの着用は人によってあったりなかったりであったが、一様にノーネクタイだ。ネクタイの業界団体が「狙い打ちだ」と非難の声を上げたのも分かる。しかし、確かに夏に襟元に巻き付く布切れは暑く、誰でも夏には好んで着用したくはない。

 そもそもネクタイの発祥は諸説あるが、17世紀クロアチア騎兵隊の首に巻かれた色鮮やかな布であるといわれている。クロアチアといえば地中海から大陸に広がる国で、内陸部なら夏でも平均気温は20度前後。日本の夏とは大違いである。

 そのネクタイを日本に持ち込んだのはジョン万次郎が最初であるともいわれているが、日本の気候に向いているとは言い難い。それ故にノーネクタイのお手本を見せられれば、すぐさまネクタイを外し胸元のボタンを開けてしまいたくなるのが人情だろう。

■ノーネクタイは勇気の印?「普及論」で考えてみよう

 ノーネクタイにすれば確かに涼しく楽だ。しかし、長い間世間では、「ネクタイの着用はオン・ビジネスである印」という暗黙の認識があった。それ故に、ある保険会社の社員がノーネクタイで顧客の元を訪問したら「失礼だ」とクレームになったという例もあったようだ。世間の認識はそう簡単には変わりはしないだろう。

 ここは一つ、E・Mロジャースの「普及論に基づいてマーケティングの視点から考えてみよう。クールビズのお手本よろしく専用のシャツを購入し、ご丁寧にポケットチーフまで付けているような人はさしずめ「革新的採用者(イノベーター)」である。しかし、この人々は別名「冒険者」と呼ばれ、誰も手を出さないようなものに何でも一番に飛びつくことに喜びを見いだす層である。従ってこの層だけが反応しても次の「初期少数採用者」へとは続かない。

 クールビズの「初期少数採用者」とは、革新的なスタイルとしてではなく、涼しさを求めて単純にネクタイを外した人々だろう。しかし、世間の認識はまだまだ保守的な層も厳然と存在する中、涼しさの代償としてそれにチャレンジするのはなかなか勇気のいることではある。

 そう、確かに「初期少数採用者」は別名「尊敬される人々」とも呼ばれ、この層が反応し出すと、次の「前期多数採用者」というボリュームゾーンに伝播するとロジャースは説いている。では、クールビズは日本の夏の風景として定着するのであろうか?

■世間の認識の「溝」を超えられるか?

 ロジャースの普及論に一石を投じた、ジェフリー・ムーアの「キャズム(溝)理論」というものがある。ムーアはロジャースの普及論を肯定しながらも、「初期採用者と前期多数採用者の間には大きな"溝"があり、シームレス(連続して)につながっているものではない」と論じたのだ。クールビズに当てはめてみれば、その「溝」とはやはり「世間の認識」であろう。

kanamori0705

ノーネクタイの官製ファッションに対し「狙い打ち」と反旗を振りかざしたネクタイ業界だが、最も心配された父の日には例年通りの売り上げを達成し、胸をなぜおろした。つまり、世間の認識はまだまだ「男はネクタイ」「仕事中はネクタイ」ということを表しているのではないだろうか。だとすると、ムーアの主張する通りクールビズはその溝を超えられず、夏の官製ファッションは再び根付かず終わるのではないかということになる。

 あえて批判を覚悟で告白してしまうと、筆者は仕事とファッションに関しては保守的な考え方の持ち主で、「どんなに暑くともネクタイは仕事の気合いの象徴」と考え、外すつもりはない。また、冒頭に記したような、ちょっと襟元がだらしない男達がニッポンの夏の風景になって欲しくないと考えているのだ。本音では女性たちの涼やかなオフィスカジュアルをうらやみながら・・・・・・。

 ロジャースの「普及論」が正しければ、夏本番のこれから益々ノーネクタイは増えるだろう。ムーアが正しければ、ある一定の線でノーネクタイ族は増加が止まるだろう。どちらがこの事象に関しては適応できるのか。ファッションだけでなく、マーケティングの観点からも興味のつきないところだ。

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2005.07.04

販促会議第3号バックナンバー

販促会議の8月号が発売されましたので、前号のバックナンバー原稿を掲載いたします。

ちなみに、8月号は「顧客の声を活かす」という第一特集を組んでおり、特集巻頭の2ページも執筆させていただきました。特集の内容も今日的な非常にな内容となっておりますので、ご覧頂ければと思います。

販促会議誌のWEBサイト:http://www.sendenkaigi.com/hanbai/magazine/hansokukaigi/index.html

<以下バックナンバー原稿>

「”顧客視点”入門講座:第3回」


■”顧客視点以前の問題”
 当連載も3回目に入った。連載の趣旨はサブタイトルにあるように、営業担当者やマーケティング初心者が「顧客視点」で物事を考え、マーケティングの基礎を身につけることにある。そして、その結果、”売れる営業担当者になる” ”売れる企画が作れるマーケティング担当者になる”という目標を達成するためのものだ。
 しかし、「日々会社から与えられた商品を、客先に紹介し注文を取るのに精一杯で”顧客視点”など考えたこともない」という声も少なくない。恐らくそうした担当者は”顧客視点”以前に、「自分たちの商売がどこで利益を出しているのか、出すべきなのか」も考えず、ただ靴の底をすり減らしているのだろう。担当者の置かれた悲惨な状況が目に見える。会社の壁に販売成績の棒グラフが張ってある会社などに多い現象だ。そこで今回はまず、この問題を片付けてしまいたい。

■重層的な収益構造を持つこと
 業種・業態によって細かい差異はあるものの、「潜在客を見込み客化として顕在化させる→その見込み客に各種アプローチをかけて顧客化→さらに顧客化以降も取引を重ねてもらう→ロイヤル顧客になってもらう。」という一般的な顧客化モデルに大きな変わりはないはずだ。
 しかし、それがそんなにスムーズにいくほど世の中は甘くない。顧客に何度でも取引してもらい、ロイヤル顧客化するためには、それなりの方法論が必要だ。それこそが、顧客化モデルをゴールまで導き利益を出していくポイントなのである。以下、順次解説しよう。

・その1「ライフステージの変化に対応する」
 まずは、顧客のライフステージの変化を機敏に察知して売り込みを図ること。これは、新規客でも既存客でも同じだ。ライフステージの変化というと、代表的なものだと入学や入社、転職、昇進、引っ越し、出産、家や車の購入等々であるが、そこまで大きな人生のイベントでなくてもかまわない。顧客のちょっとした変化を見逃さず、売り込みの機会を逸しないことが重要なのだ。そのために、顧客に頻繁に接触し情報を取得すること。また、顧客の購買行動や、WEBサイト内でのコンテンツ閲覧データの変化などを見逃さないことなども重要なのである。

・その2「アップセリングを図る」
 ライフステージの変化に対応して、以前購入してもらった商品を再購入してもらう。つまり”同一商品の買い換え、買い増し”がアップセリングである。消費財であればブランドスイッチをせずに買い足しをしてもらう。金融商品であれば、例えば国債をもう一口買ってもらう。これらは全てアップセリングである。単一商品しか扱っていない企業であれば、アップセリング以外に収益を拡大する手段はない。また、複数商品を扱っている企業でも、アップセリングの成否で収益が大きく変わってくる。そのためにも、やはり顧客の変化を見逃さないことである。

・その3「クロスセリングを図る」
 同じくライフステージの変化に対応して、以前購入してもらった商品と関連した別の商品を買い足してもらう、つまり”関連商品の販売”がクロスセリングである。デスクトップPCを購入してもらった顧客にモバイル用のノートPCを勧める。又は自社のプリンタやスキャナなどの周辺機器を勧める。当然、関連した商品を多品種ラインナップしている企業の方がやりやすい。だからこそ、自社がそうした企業であった場合は、どうしたらどの顧客にクロスセリングが可能になるのかを、過去の購買履歴や嗜好情報などをよく見て計画的に実行すべきだ。顧客からの引き合いにだけ対応していたり、思いつきでお勧めするのと、計画的に実行するのでは大きく収益は異なる。

・その4「アフターマーケティングでさらに収益を拡大する」
 自社の商品が”売り切り型”の商品でなければ、アフターマーケティングは長期間に亘って収益をもたらす大きなビジネスチャンスだ。また、”売り切り型”の商品であっても、何らかのサポートメニューなどを開発してアフターマーケティングを実現すべきだろう。
 アフターマーケティングの例としては、プリンタが挙げられる。かなりきれいに印刷できる機械を、1万円そこそこの価格から売っているのは、自社の純正インクや専用用紙といったサプライ用品で稼ぎたいからだ。企業向けのプリンタやコピー機であれば、サプライ用品に加えて保守・整備のサポートサービス契約が大きな収益源となっている。
 アフターマーケティングに限っては、営業のがんばりというよりは自社商品をアフターマーケティングで稼げるようなモデルで設計することや、アフターサービスメニューを構築するなど、マーケティングサイドの役割が大きいだろう。そして、アフターマーケティングのメニューが整ったら、営業が商品を販売して喜んでしまわずに、確実にアフターマーケティングの商材や契約も併売してくることだ。

・その5「お客様紹介で顧客の拡大再生産を図る」
 「お客様紹介」はダイレクトマーケティングなどの世界では「Member Get Member = MGM」と呼ばれている。つまり、既存の顧客から新規の見込み客を紹介してもらい、顧客化するのだ。顧客を一人捕まえたら確実に紹介をもらい、顧客化し、その人からもまた紹介をもらう。これが確実に実行できれば、顧客は無限連鎖的に増大していく。
 優秀な外資系生命保険会社のプロ営業社員はそうして顧客基盤を築き、その基盤をケアし、前述のアップセリングで保険の掛け金を増やさせたり、クロスセリングとして保障型の保険にしか入っていない人には年金保険に加入させるなどして収益を増大させている。そしてまた、さらにその顧客から友人などの見込み客を紹介してもらうのだ。

■最後に”顧客視点”でチェックしてみよう
 ここまで、本連載の主旨を少々離れて、「企業側から考えて、どこで利益創出するか」というポイントを整理してきた。これがわかっていないと、営業担当者は的確な行動できず、マーケティング担当者も企画が立案できないはずだからだ。すなわち、この5つのポイントを達成できれば、顧客を囲い込み、その生涯価値(Life Time Value = LTV)を最大化するという、企業にとっての最大の目標を達成することにつながる。
 しかし、顧客がそれを望んでいるかどうかは別の問題だ。顧客は何もその一社とだけ取引をしたいわけではないからだ。大切なのは、自社において、どの部分が実現可能で、かつ、”顧客に受け入れられやすいのか”をよく考えることである。

 名コピーライターであるデビッド・オグルビー、コカコーラのマーケターとして名を馳せたセルジオ・ジーマンと並んで”TIME誌”が選んだ「20世紀の世界の三大広告人」の一人、ダイレクトマーケティングの父:レスター・ワンダーマンはこんな言葉を述べている。
 Answer the Question “Why Should I?”(「なぜ私に?」に応えなさい)
 彼の著書「BEING DIRECT」にもその言葉の意味するところは記されているが、かつて筆者は彼の口からより詳しく、その意味合いを聞くことができたのでここに紹介しよう。
「企業はいつも自分たちが売り込みたいものを、売れそうに見える相手、もしくは儲けられそうな相手に売り込もうとする。しかし、顧客は必ず、”なぜ、自分に、その商品を勧めるのか?”を尋ねてくる。そのような疑念をもたれたら、もはやその人を顧客にすることはできない。企業の利益や思いこみだけではなく、合理的にその顧客にお勧めする理由を明確に告げることが重要なのである。もし、それができないのであれば、それは売り込むべき顧客を間違っているのだ。」

 いかがだろうか。企業の利益を最大化させることと、顧客の望むお勧め実現することを両立させることが重要なのだ。それについては次回、一つのフレームワークを用いた考え方の整理の仕方を御紹介したい。  

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週間エコノミスト7/12号(4日月曜売り)に寄稿いたしました

「2007年問題」に関する寄稿をし、特集中3ページを割いていただきました。

私にとって2007年問題は専門領域の一つである、「ナレッジマネジメント」の重要テーマの一つです。
しかし、残念ながら世の2007年問題は「汎用機を長年お守りしてきたベテラン社員の退職後の穴をどうやって埋めるのか?」という非常に近視眼的なとらえ方だけをされています。

それはコンピュータ業界だけの問題だけではなく、全産業に渡る問題なのです。
また、「対応をしている」とする企業のほとんども「退職の5年延長」や「退職者の嘱託再雇用」といった、問題の先送りがほとんどです。それでは2005年問題が20012年問題になるだけなのです。

それを昨年の米国視察で仕入れてきた手法と、以前実施した業務の経験を生かして解こうとしたのが本文中の内容です。

駅売店でも販売していますので、510円とちょっと高いですが、是非お手にとってご覧ください。

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