「ちょっと変だな、この販促」4
3月頃にこのブログでもご紹介した、人気シリーズの「変な販促」の第4弾を書いてみました。
今回も読者の方から多数反響を頂きました。
ただ、中には「もうちょっと具体的にどんな商品の販促だったのか教えて!」という声も。
ごもっともです。事情があって、ニューズレターには明記しませんでしたが、
この場限りということで、商品は「新型車」です。
より具体的にイメージできるようになりましたでしょうか?
http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/eigyo/media/index.cfm?i=e_idnl067
引き続き、皆様の巷で見かけた「変な販促」をネタとしてお待ちしていますので、よろしくお願いします、
-----------<以下バックナンバー用転載>-----------
今回は4回目の「ちまたで見つけたちょっと変な販促」についてお伝えしたい。
■それには夕暮れ時に遭遇した
筆者が大学の講義を終え、図書館での調べ物を済ませたころにはすっかり夕暮れ時になっていた。疲れた頭を休めつつ、暑くも寒くもない、いい季節の街をぶらぶらと歩いていたときにそのイベントに遭遇したのだ。
幾つかのショップが集まり、その中庭がイベントスペースになっている場所で新商品紹介が大規模に行われていた。退屈しのぎにのぞいてみると、キャンペーンガールがすっと近づいてきて、イベント専用に作られたタブロイド版の簡易カタログを差し出してきた。それを受け取り、時間に余裕もあったので、商品も体感してみた。残念ながら、もともと興味のあるカテゴリーの商品ではなかったので、購入意欲が沸き起こってくることはなかったが・・・・・・。
しかし、筆者の目に飛び込んできたのは「この場でカタログご請求の方には抽選でiPodプレゼント!」の掲示である。何となく買いそびれて、いまだにCDウオークマンに頼っている身としてはタダでもらえるならぜひ欲しい。カタログ請求用に設置され、インターネットに接続されたPCに飛びついた。
■今時こんなことって
別にそのイベントで展示されている商品は欲しくない。しかし、iPodだ。実はいまだにCDを一枚一枚入れ替えて音楽を聴いている姿を、いつも人に馬鹿にされて日々悔しく思っていたのだ。とにかく入力、入力。国が定めた個人情報保護法に守られているということも忘れ、個人情報を次々と開示していく。自分がふだん何の仕事をしているのかも忘れ、頭が冴えているときなら「こんな項目を入力必須にするなよ!」と思うような項目もただ黙々と入力していった。
その時、筆者はダイレクトマーケターでも大学でマーケティングを教える教員でもなく、完全に景品狙いの一消費者として行動していたのだ。そしてやっと入力終了。送信。・・・・・・なぜか画面の表示は「エラー」。あわててバックボタンを押す。しかし、入力したデータは全て消えていた。え?
■「よろしかったらどうぞ」
実はPCは2台設置されていて、隣でも若い男性がカタログ請求をしていたが、「うわーっ」という声を上げていた。きっと同じ現象が起きたのだ。しかし、彼の首にはiPodが既にぶら下がっている。真の見込み客だ。テクニカルなエラーで貴重な見込み客のデータをロストしてしまったのだ。
がっかりしている隣の彼と、筆者の所にキャンペーンガールがタイミング良く近寄ってきて「よろしかったらどうぞ」とカタログを差し出した。若い男性は「最初からあるなら面倒なことさせないでよー」と少々怒り気味にカタログを受け取ると去っていった。だが、筆者はiPodにまだ固執していた。めげずに再度入力を試み送信。今度はきちんとデータはサーバに格納されたようだ。iPodは当たるだろうか。実は今もその当選日を楽しみにしている。
しかし、ここで話を終えたら何にもならないので、なぜそんなことになってしまったのか。ここで問題点を整理してみよう。
■問題点1:せっかく高まった購入意向をスポイルしている!
第一に、このイベントの位置付けとオペレーションのあいまいさが挙げられる。基本に立ち返ってアメリカの経済学者ローランド・ホールが1920年に提唱した、消費者の購買行動プロセスモデル、AIDMAで考えてみよう(Attention:注意→ Interest:関心→ Desire:欲求→ Memory:記憶→ Action:行動)。
イベント会場の入り口で簡易カタログはほとんどの人に手渡されている。さらに、その商品を体感して詳細なカタログまで欲しがる人がいたとすれば、その人間はイベントによって商品に注意・関心喚起され、さらに購買欲求が芽生えている段階にいると思って間違いない。前述の、筆者の横にいた若い男性のような人だ。確かにイベントはうまく設計され、展示の仕方や導線の設計がよく、数多くの人が商品を体感していた。つまり、かなりの人がAttention、Interestの階段は登り、さらに結構な割合でDesireまで達したであろうことが想像できる。
そうしたとき、やはり人はさらに詳細な情報を欲しがる。簡易版でなく、詳細なカタログは必ず欲しくなるだろう。にもかかわらず、なぜわざわざPCでの入力を求めるのか。最初から入力に失敗したときのように「よろしかったらどうぞ」と手渡ししてしまえばいいのだ。無理に景品を付けて自分で入力してカタログ請求をさせるような手間をかけさせるから、多くの人が詳細カタログを手にしないでイベント会場を去ったのだろう。また、景品狙いの筆者のような夾雑(きょうざつ)物がデータの中に混入する比率を高めてしまっている。
■問題点2:見込み客データ収集のプロセス設計が間違っている!
確かに、見込み客自身が入力してくれるから入力費用もかからず、後処理も楽だ。しかし、獲得できるデータの質と量を考えたとき前述の通り、問題は大きい。
イベント会場にはいささか多すぎるのではないかという位のキャンペーンガールが配置され、実に丁寧に商品説明・接客をしている。その彼女たちになぜ、関心を持ったと思われる客にアンケート用紙を配り、リスト収集をするような設計にしなかったのだろうか。筆者のような冷やかしと、真剣に関心を持って商品を体験したり、いろいろ質問をしている客の違いは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。彼女たちもその判別は十分可能だろう。見込みのありそうな人間にのみ、アンケートを依頼して回答謝礼として抽選でのiPodプレゼントの提示をすればよいはずなのだ。
■問題点3:一気に購入意向が高まった見込み客を取りこぼしていないか?
インターネットの普及によって、消費者の購買意志決定のプロセスは短縮してきていると言われている。つまり、Desire→ Actionまで一気に購入意向が高まるパターンが多く、一旦Memoryするようなプロセスを飛び越してしまうことがままあるのだ。(その場合AIDAモデルと呼ばれる)。そうした人に対応すべく、イベント会場内に商談コーナーを用意したり商品の試用予約を取り付けるなどを、アンケートを記入させた後に行わないのだろうか。
確かに昨今の消費者は押しつけめいたハードセリングを嫌う傾向が強い。アンケートを取ったり、予約や商談のコーナーなどがイベント会場にあると印象を悪くしてしまうという配慮かもしれない。しかし、今回イベントが行われていたその商品は売れ行き好調であると聞いていたし、事実、会場で体験した人の関心度は高かった。「イベントの役割はInterestまで」などとマーケティングプロセスの一部だけを切り取って考えてしまっているのではないだろうか。実にもったいない話だと感じる。
今回筆者が目にしたイベントは、前述の通り街行く人の足を止め、関心を喚起し、購入欲求を芽吹かせる、つまりAttention→ Interestと Desireの萌芽までは非常にうまく設計されている。しかしDesireのさらなる高まりと Memory→ Actionという購買プロセスの最後の行動を消費者に委ねるのではなく、もっと積極的なアプローチを展開するべきなのではないだろうか。せっかく売れている商品なのだから、なにもそこまでガツガツしなくても好印象を残せればイベントは成功だという考え方もあるだろう。
しかし、筆者としてはその消極性と、中途半端なインターネットの利用法とデータ取得がやはり気になって仕方なかった。そんな設計ミスが、すでにiPodを首から提げた商品に関心の高そうな若い男性には不快感を与え、購入に関心のない筆者のデータが取得されるという、ちぐはぐなことを起こしてしまったのだ。
イベントに限らず、何らかのマーケティング施策を実施する際には、その施策がどのようにマーケティングプロセス全体に寄与するのかと、インターネットを含め、個々のエレメントがどのような役割を担うのかを俯瞰(ふかん)的に見て、全体設計をしなくてはならないのだと考え直させられた体験であった。