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4 posts from May 2005

2005.05.30

「ちょっと変だな、この販促」4

3月頃にこのブログでもご紹介した、人気シリーズの「変な販促」の第4弾を書いてみました。
今回も読者の方から多数反響を頂きました。

ただ、中には「もうちょっと具体的にどんな商品の販促だったのか教えて!」という声も。
ごもっともです。事情があって、ニューズレターには明記しませんでしたが、
この場限りということで、商品は「新型車」です。

より具体的にイメージできるようになりましたでしょうか?

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/eigyo/media/index.cfm?i=e_idnl067 

引き続き、皆様の巷で見かけた「変な販促」をネタとしてお待ちしていますので、よろしくお願いします、


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

 今回は4回目の「ちまたで見つけたちょっと変な販促」についてお伝えしたい。
■それには夕暮れ時に遭遇した

 筆者が大学の講義を終え、図書館での調べ物を済ませたころにはすっかり夕暮れ時になっていた。疲れた頭を休めつつ、暑くも寒くもない、いい季節の街をぶらぶらと歩いていたときにそのイベントに遭遇したのだ。

 幾つかのショップが集まり、その中庭がイベントスペースになっている場所で新商品紹介が大規模に行われていた。退屈しのぎにのぞいてみると、キャンペーンガールがすっと近づいてきて、イベント専用に作られたタブロイド版の簡易カタログを差し出してきた。それを受け取り、時間に余裕もあったので、商品も体感してみた。残念ながら、もともと興味のあるカテゴリーの商品ではなかったので、購入意欲が沸き起こってくることはなかったが・・・・・・。

 しかし、筆者の目に飛び込んできたのは「この場でカタログご請求の方には抽選でiPodプレゼント!」の掲示である。何となく買いそびれて、いまだにCDウオークマンに頼っている身としてはタダでもらえるならぜひ欲しい。カタログ請求用に設置され、インターネットに接続されたPCに飛びついた。

■今時こんなことって

 別にそのイベントで展示されている商品は欲しくない。しかし、iPodだ。実はいまだにCDを一枚一枚入れ替えて音楽を聴いている姿を、いつも人に馬鹿にされて日々悔しく思っていたのだ。とにかく入力、入力。国が定めた個人情報保護法に守られているということも忘れ、個人情報を次々と開示していく。自分がふだん何の仕事をしているのかも忘れ、頭が冴えているときなら「こんな項目を入力必須にするなよ!」と思うような項目もただ黙々と入力していった。

 その時、筆者はダイレクトマーケターでも大学でマーケティングを教える教員でもなく、完全に景品狙いの一消費者として行動していたのだ。そしてやっと入力終了。送信。・・・・・・なぜか画面の表示は「エラー」。あわててバックボタンを押す。しかし、入力したデータは全て消えていた。え?

■「よろしかったらどうぞ」

 実はPCは2台設置されていて、隣でも若い男性がカタログ請求をしていたが、「うわーっ」という声を上げていた。きっと同じ現象が起きたのだ。しかし、彼の首にはiPodが既にぶら下がっている。真の見込み客だ。テクニカルなエラーで貴重な見込み客のデータをロストしてしまったのだ。

 がっかりしている隣の彼と、筆者の所にキャンペーンガールがタイミング良く近寄ってきて「よろしかったらどうぞ」とカタログを差し出した。若い男性は「最初からあるなら面倒なことさせないでよー」と少々怒り気味にカタログを受け取ると去っていった。だが、筆者はiPodにまだ固執していた。めげずに再度入力を試み送信。今度はきちんとデータはサーバに格納されたようだ。iPodは当たるだろうか。実は今もその当選日を楽しみにしている。

 しかし、ここで話を終えたら何にもならないので、なぜそんなことになってしまったのか。ここで問題点を整理してみよう。

■問題点1:せっかく高まった購入意向をスポイルしている!

 第一に、このイベントの位置付けとオペレーションのあいまいさが挙げられる。基本に立ち返ってアメリカの経済学者ローランド・ホールが1920年に提唱した、消費者の購買行動プロセスモデル、AIDMAで考えてみよう(Attention:注意→ Interest:関心→ Desire:欲求→ Memory:記憶→ Action:行動)。

 イベント会場の入り口で簡易カタログはほとんどの人に手渡されている。さらに、その商品を体感して詳細なカタログまで欲しがる人がいたとすれば、その人間はイベントによって商品に注意・関心喚起され、さらに購買欲求が芽生えている段階にいると思って間違いない。前述の、筆者の横にいた若い男性のような人だ。確かにイベントはうまく設計され、展示の仕方や導線の設計がよく、数多くの人が商品を体感していた。つまり、かなりの人がAttention、Interestの階段は登り、さらに結構な割合でDesireまで達したであろうことが想像できる。

 そうしたとき、やはり人はさらに詳細な情報を欲しがる。簡易版でなく、詳細なカタログは必ず欲しくなるだろう。にもかかわらず、なぜわざわざPCでの入力を求めるのか。最初から入力に失敗したときのように「よろしかったらどうぞ」と手渡ししてしまえばいいのだ。無理に景品を付けて自分で入力してカタログ請求をさせるような手間をかけさせるから、多くの人が詳細カタログを手にしないでイベント会場を去ったのだろう。また、景品狙いの筆者のような夾雑(きょうざつ)物がデータの中に混入する比率を高めてしまっている。

■問題点2:見込み客データ収集のプロセス設計が間違っている!

 確かに、見込み客自身が入力してくれるから入力費用もかからず、後処理も楽だ。しかし、獲得できるデータの質と量を考えたとき前述の通り、問題は大きい。

 イベント会場にはいささか多すぎるのではないかという位のキャンペーンガールが配置され、実に丁寧に商品説明・接客をしている。その彼女たちになぜ、関心を持ったと思われる客にアンケート用紙を配り、リスト収集をするような設計にしなかったのだろうか。筆者のような冷やかしと、真剣に関心を持って商品を体験したり、いろいろ質問をしている客の違いは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。彼女たちもその判別は十分可能だろう。見込みのありそうな人間にのみ、アンケートを依頼して回答謝礼として抽選でのiPodプレゼントの提示をすればよいはずなのだ。

■問題点3:一気に購入意向が高まった見込み客を取りこぼしていないか?

 インターネットの普及によって、消費者の購買意志決定のプロセスは短縮してきていると言われている。つまり、Desire→ Actionまで一気に購入意向が高まるパターンが多く、一旦Memoryするようなプロセスを飛び越してしまうことがままあるのだ。(その場合AIDAモデルと呼ばれる)。そうした人に対応すべく、イベント会場内に商談コーナーを用意したり商品の試用予約を取り付けるなどを、アンケートを記入させた後に行わないのだろうか。

 確かに昨今の消費者は押しつけめいたハードセリングを嫌う傾向が強い。アンケートを取ったり、予約や商談のコーナーなどがイベント会場にあると印象を悪くしてしまうという配慮かもしれない。しかし、今回イベントが行われていたその商品は売れ行き好調であると聞いていたし、事実、会場で体験した人の関心度は高かった。「イベントの役割はInterestまで」などとマーケティングプロセスの一部だけを切り取って考えてしまっているのではないだろうか。実にもったいない話だと感じる。

 今回筆者が目にしたイベントは、前述の通り街行く人の足を止め、関心を喚起し、購入欲求を芽吹かせる、つまりAttention→ Interestと Desireの萌芽までは非常にうまく設計されている。しかしDesireのさらなる高まりと Memory→ Actionという購買プロセスの最後の行動を消費者に委ねるのではなく、もっと積極的なアプローチを展開するべきなのではないだろうか。せっかく売れている商品なのだから、なにもそこまでガツガツしなくても好印象を残せればイベントは成功だという考え方もあるだろう。

 しかし、筆者としてはその消極性と、中途半端なインターネットの利用法とデータ取得がやはり気になって仕方なかった。そんな設計ミスが、すでにiPodを首から提げた商品に関心の高そうな若い男性には不快感を与え、購入に関心のない筆者のデータが取得されるという、ちぐはぐなことを起こしてしまったのだ。

 イベントに限らず、何らかのマーケティング施策を実施する際には、その施策がどのようにマーケティングプロセス全体に寄与するのかと、インターネットを含め、個々のエレメントがどのような役割を担うのかを俯瞰(ふかん)的に見て、全体設計をしなくてはならないのだと考え直させられた体験であった。

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2005.05.19

「個別最適化と実施のスピードが課題となる今日のCRM」

久々に「CRM論」に真正面から取り組んでみました。
文中にあるように、CRMの考え方や対象商品が昨今どんどん拡張してきています。
ゆえに、その概念も拡散しがちです。
なんとか、それらをうまくラップできる考え方はないものか。
また、拡散したとはいえ、成功するための最小公倍数のようなもの、
セオリーは無いものかと考えて書いてみました。

基本的には、個別に考え・悩み・試行錯誤しなくてはならないのに変わりはありませんが、、、。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/eigyo/media/index.cfm?i=e_idnl066


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

 「CRMとは何でしょう」。・・・こんな質問をしたら、当ニューズレターの読者の皆様は「何をいまさら?!」と思われることだろう。確かに、今まで何度もCRM(Customer Relationship Management)の何たるかをお伝えしてきている。しかし、そのCRMが昨今、大きく変わり始めているのだ。今回はそんなテーマでお届けしてみたい。
■「CRMって懐かしいね」・・・って?

 もう創業してから10年近く経過し、従業員も200名以上を擁するベンチャーと呼んでは失礼に当たるかもしれないSI会社の若き幹部社員と知り合う機会があり、筆者は自らをCRMスペシャリストであると名乗った。すると彼は「CRMって何だか随分と懐かしい響きですね。まだやってるんですか?」と反応した。初対面の年長者に対する礼節云々ではなく正直、驚いた。少なくとも彼の中でCRMが完全に終わっているという認識に対してだ。

 確かに2000年頃の米国ITバブル期においてCRMは一種のブームになり、そこに目を付けたSIベンダーはCRMソリューションの名を冠した高額な製品を大量に投入。しかし、一向に投資に見合った成果が出ないまま米国の景気は失速。ITバブルも崩壊し、CRMはすっかりダーティー・ネームになってしまった。恐らく彼の認識におけるCRMはその時点で終わっているのだ。

■日本は第二次CRM全盛期を迎えた?

 しかし、日本でもITバブルはあったものの同時にデフレ不況が進行しており、企業が設備投資を引き締めていたことが幸いし「CRMソリューションに投資して大損害をした」という事例はほとんど聞かない。そのかわり、できるところからコツコツという“カイゼン・ニッポン”らしい、全社対象ではなく社内の部門単位で、限定的な顧客に対して一種のキャンペーンマネジメントの変形のような形でCRMは各企業で実行され続けた。この時点で米国型CRMと日本型のそれは全く袂(たもと)を分かち、別の進化の道を辿り始めたのだ。

 そして景気がなかなか再浮上しない理由について今日、「企業が利益を設備投資などに向けず、消費者に富が環流しないためだ」などと様々な原因が議論されているが、実態として消費者の財布の紐は堅い。そこで、既存顧客に対しいかに増販を図るかといった課題や、見込み客のコンバージョン率をいかに高めるかといった課題の下、CRMが再び脚光を浴び始めた。その証拠に昨年から今年にかけて、大手企業で“CRM部”というような、CRMの名の付いた専門セクションが数多く創設されている。

■CRMに登場してきた新たな顔ぶれ

 しかし、そのCRM部を持つ企業の顔ぶれを見てみると、以前とは少々様相が異なることがわかる。以前の金融・通信・会員制サービスといった業種の企業だけではなく、トイレタリー・飲料・食品などという業種から一社だけでなく、何社も顔を出すようになってきたのだ。

 いうまでもなく、CRMの目的は“顧客価値の最大化(Maximize Life Time Value)”である。しかし、ブランドスイッチも激しく低価格なトイレタリーや飲料・食品の企業はどうやって顧客を囲い込むのか。これらは従来のCRMモデルでは顧客価値を最大化させたり、あまつさえ囲い込んだりすることはできない。

 顧客のライフステージに合わせてタイミングよくアップセル&クロスセルを図り、適切なアフターマーケティングで収益増大を図る。さらに、優良顧客に進化した顧客に友人・知人を紹介してもらい顧客の拡大再生産を図っていく。これが、従来の一般的なCRMモデルである。しかし新たに登場してきた業種には、そのように悠長に一顧客に対して時間や手間・マーケティングコストを投下することはできない。となると、従来と全く異なる方法論が必要になってくるのである。つまり、同じCRMの話をしていたとしても、その相手の業種や商材を考えなければ、異業種間の担当者同士、若しくはエージェンシーやコンサルタントは同床異夢の会話を繰り返すことになってしまうのだ。

■CRM = Customer Relationship "Marketing"で考え直してみる

 過日、当社の創始者であり名誉会長であるレスター・ワンダーマンや、ワールドワイドの会長ダニエル・モレルが来日し講演を行った際、彼らはCRMを“Customer Relationship Marketing”と称していた。ManagementではなくMarketingである。

 確かに、以前のCRMはその名の通りマネジメント領域の課題であり、マーケティングより一つ上位のレイヤーに位置づけられていた。それ故、具体的な戦術よりも企業戦略としての完璧さを求められた。しかし、テーマとして大きいだけにその正否の結果が出るには時間がかかりすぎ、仕掛けも大がかりなものにならざるを得なかったのは事実だ。

 しかし、現在はインターネットの時代であり、スピードこそが命である。とすれば、CRMはマーケティングのレイヤーで顧客とのリレーションシップをとらえ直し、“いかに効果を上げるか”という観点でより戦術的に、ほかのマーケティング手法とも協力することが必要なのだ。その意味で、前述の二人の講演を締めくくり、社長の須川は「CRMは広告の一部である」と明言したのだろう。確かに新しく現れたトイレタリー・飲料・食品などはマスマーケティングとCRMを同時に展開すれば、両者がバラバラで展開するのと比べ数倍の相乗効果を上げられるはずだ。

■CRMの個別最適化を考えてみる

 しかし、従来のマネジメント領域の課題としてのCRMがまったくなくなりはしていない。以前からCRMの対象業種として登場している不動産業などは、CRMと同時にブランド、CS(Customer Satisfaction = 顧客満足)を経営の課題としてテーブルに上げ、中長期的課題として取り組んでいる。

 要するに、CRMはマネジメントととらえるにしても、マーケティングとしてとらえるにしても、もはや一律に語ることができないほどその概念は拡大しているのである。業種や商材、企業ごと、また解決すべき期間によってすべてアプローチは異なるのだ。

 となると、もっとも重要なのはそのアプローチを間違えないことであろう。つまり、どのレイヤーでCRMをとらえているのか。そのような成果を、いつまでに出したいのか。具体的な戦術として何を適用したいのか。それらは企業ごと、若しくはそのプロジェクトを任されている担当者ごとに考えは異なる。またCRM単独で考えず、マスマーケティングと連携するなど、最適化を常に考える必要があるのだ。

 さらに、そのCRMというキーワードをどう使うかも検討の余地がある。場合によっては、やっていることはCRMそのものであったとしても、企業によってはCRMというキーワードを全く社内に見せていない場合もある。ある企業は、営業担当者と顧客企業とのリレーションを再構築するというテーマにCRMを活用するというチャレンジをしているが、社内でのキーワードは「営業強化プロジェクト」である。その方が新たな物に取り組まされるというイメージがなく、営業担当をはじめ社内各所からの抵抗が少ないからだそうだ。

 考えてみれば、優秀なマーケターが社内の関係各所や、いわんや顧客に向けて「この施策は○○というマーケティング理論を応用している!」と声高に言うことなどありえない。その意味からも、CRMもいよいよ期待ばかり高い、実態不明確なマジックワードではなく、実体を伴った手法に落ち着きだしたということであろう。

■次々と実行に移っている今日のCRM

 その意味からすると、CRMを考えるに当たってもっとも良くないことは、その概念の議論に時間をかけることであり、成功のカギはいかに実行に移すスピードを確保できるかだといえよう。日本型CRMの特徴である、“できるところから”という姿勢を忘れずに、さらに消費者とのコミュニケーションの現場でもっとも効果を上げる手法を素早く見つけ出し、マスマーケティングも含めて効果を上げられる手法を構築・実施することだ。

 極論すれば、今日のCRMは拙速を尊び、巧遅を避けるべきだといえよう。前述の通り“できるところから”初め、PDCAのサイクルを高速で何度も回して、より成果・精度を上げていくのが求められている姿なのだ。その結果、自社に最適化されたものがいわゆる世間で定義されているCRMの形と異なっていたとしても、それは全く問題ではない。繰り返しになるが、CRMの行き着く先は各企業において個別最適化されていくはずだからである。

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「2007年をどう乗り切るのか。そしてその先にあるものは?」

最近の関心事である2007年問題(団塊の世代・大量定年退職による技術伝承対策)を、再び日経Bizプラスで執筆してみました。
以前執筆したときは警鐘を鳴らしただけでしたが、今回は具体的な対応策の一つを米国にて見つけてきました。
以下、是非ご覧ください。

キーワードは「シャドゥイング」です。
これは2007年問題だけでなく、様々なシーンで活用できそうなので、今後さらに研究と実証・実践を行ってみたいと思います。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/eigyo/rensai/crm.cfm?i=20051214crm86e3


-----------<以下バックナンバー用転載>-----------

■もはや秒読みの2007年問題を企業はどう考えているのか

 日経本紙も含め、各紙誌で2007年問題の特集が活発化している。

 2007年問題といっても、2003年に続く大型オフィスビルの竣工で中小ビルに空室が大量発生することを今回は意味していない。都心に大型の外資ホテルが大量参入し、日本の老舗高級ホテルが危機に瀕していることを指しているわけでもない。また、少子化に伴い、大学の学生募集数が応募数を上回る"全入問題"による大学の淘汰を憂いているのでもない。

 確かに上記の通り、2007年はあたかも何か歴史の結節点となろうとしているかのように、各業界にとって様々な問題をはらんでいる。しかし、全産業共通の問題は、団塊の世代の大量定年退職による伝承されないまま企業から消えてしまう技術・ノウハウをどうするのかという問題だ。

 日本の高度成長を支えてきた団塊の世代で一番数が多いのが、戦後間近の昭和22年(1947年)生まれであり、その世代が60歳で定年を迎える年が2007年。あと2年である。

 筆者は半年ほど前にもこのコーナーで上記団塊の世代の大量定年退職問題を初め、各業種の2007年問題とその乗り切り方のヒントを取り上げさせていただいた(第33回「2007年の"問題"と"解決(ソリューション)"。そのビジネスチャンスを考える」 参照)。

しかし、それからの半年、徐々にマスコミ各紙誌の特集は多くなり、危機感醸成に貢献していると思われるが、本格的な対策に乗り出したり、その対策の成果が出始めたりしているといった企業の報道はほとんど目にしない。余りに対応が遅いように感じられる。

恐らく送別会で送り出された方だろう、大きな花束を抱えどことなくほっとした、そして少し寂しそうな初老のサラリーマン氏の姿をホームで見かけたとき、筆者はどうしようもない焦燥感に駆られたのだ。

■2007年問題を単なる先送りにしていないか?

 多くの企業では、定年延長や嘱託制度による再雇用を決めている。さらに幾つかの企業では退職後もOBとの関係を保持し、必要なときに問題の解決策を聞けるようなホットラインを設けるなどの対策を取ったようだ。しかし、それが本当の問題解決になるのだろうか。

 確かに団塊世代は数多の同僚がリストラの波にさらされ、社を去った世代でもある。請われて企業に残る。退社後も企業との関係を保ち続ける。それも名誉に感じられるかもしれない。しかし、いつまでもその担当者個人に依存しているべきものなのだろうか。その人の持っている技術を若い世代に伝承していく努力と、方法論の模索を今まで怠ってきたが故の、時間切れ本人囲い込み・関係保持作戦が今日の実態なのであろう。

■いかにして"伝承"を実行していけばいいのか?

 筆者は前回このコーナーで2007年問題を取り上げた一月ほど後、筆者は前回このコーナーで2007年問題を取り上げた一月ほど後、(株)ジャストシステムのユーザー会が主催した、『KM World 2004 & Intranets』見学ツアー(米国加州サンタクララ)というものに参加した。そこで"伝承"の方法論の一つの答えを見つけたのである。

 米国でも日本の2007年の数年後に"ベビーブーマーの大量定年退職"という問題を抱えている。しかし、米国の定年退職者は日本と違い、いつまでも企業に囲い込まれたり関係を保持したりしない。しっかりと第二の人生をエンジョイするため、日本的先送りなどできないため切実な問題なのだ。

 そこで、米国では"シャドウイング"という手法が各所で研究・実践され成果を上げ始めている。簡単に言えば、伝承するべき技術者に伝承を受けるものがシャドウのようにぴったり張り付き、一挙手一投足を見逃さず、レポーティングしていく方法だ。一見、徒弟制度の親方と弟子の関係のようにも見えるが、弟子役の人間は基本的には観察・分析能力に優れた"アナリスト"であり、弟子入りした職人見習いではない。その人間が技術者に張り付き、全体の作業の流れを記録し続けるとともに、何げない動きも見逃さず、「今の動きは何のためにやったものなのか」「それをやるのと、やらないのではどのような違いが出るのか」などの質問を繰り返すのだ。

 技術者本人は既にその動作は習慣化されていて無意識に動いている。しかし、そのちょっとしたことが結果に大きく影響することもある。そのように、シャドウは全てをレポートという形で暗黙的に技術者の頭の中や体に染みついた技術を明文化し、誰が見ても判り、再現可能な形に変えていく。時に、レポートすることができない、理解できないような動きはシャドウ自身で体験し、その動きには意味があるものなのか、単なる技術者のクセで再現する必要のないものなのか見極めも行う。そして、最終的にはその作業に関する膨大なマニュアルができあがるのである。

 もちろん、シャドウ役の担当者がシャドウとして張り付いているうちに、その業務が気に入り、伝承される者に本当になってしまうこともある。しかし、その場合でも、正当な伝承者が一人誕生するだけでなく、誰でも再現可能なマニュアルも同時に完成することがポイントだ。

■実はホワイトカラーの生産性向上にも威力を発揮する

 上記のような書き方をすると、工場の職人の技術伝承法などにのみ適応可能なように思われるかもしれない。しかし、この手法を紹介した講演者はサンフランシスコ市・郡立法管理局・管理委員会書記官であり、彼女はこのシャドウイングの課程において形骸化した作業の洗い出しと削減を行うことによって大幅に効率化にも成功している。

 現業部門の技術伝承も非常に課題ではあるが、事務部門の業務引き継ぎも実態はどのようなものか思い起こしていただければ、この手法が効果を発揮するであろうことは想像に難くないだろう。つまり、退職か異動かは別として、担当者がその職場を離れるときには本人が何らかの"引き継ぎメモ"を残していくだろう。しかし、そのメモの内容の薄いこと。「あなたはこの程度の仕事しかしていなかったのですか?」と思わず聞きたくなるくらいの物がほとんどではないだろうか。ポイントはやはり、本人に書かせるのではなく、第三者が観察し、インタビューし、漏れ・抜けなくレポートするところにある。

■根性論から科学的手法に転換を

 残念ながら、このシャドウイングという手法は日本ではほとんど紹介されていない。間違えてはいけないのは前述の通り、この手法は徒弟制における親方・弟子の関係とは明らかにその目的と成果物が異なることだ。

 しかし、日本のビジネス界ではともすれば、OJT(On the Job Training)の名の下に「習うより慣れろ・見て盗んで覚えろ」というような根性論的な教育が今日でもまかり通っている。そして高度成長期において根性で仕事の技術を習得してきた人々が今、会社を去ろうとしており、後に残されるのは進化のない同じ旧来の根性教育で育てられ、ちょっと根性が足りず習得しきれずに、おろおろしている私たちなのだ。

 徒弟制とシャドウイング。一見親方に張り付いている弟子のような姿は似ているが、一番の違いは"根性を受け継ごう"とするのか、"根性を科学的に要素分解しよう"とするのかである。2007年まであと2年弱というこの危急の時、もう根性では間に合わない。科学的に、スピーディーに解決を図る必要があるのは間違いない。

 なお、シャドウイングに関しては以下のサイトに筆者の訪米レポートが記載されているのでご参照いただきたい。

株式会社ジャストシステム Knowledge Power Web

http://www.justsystem.co.jp/km/press/20050310.html

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2005.05.02

「販促会議」誌の連載バックナンバー:第1回

以前連載開始のご紹介をした新連載、宣伝会議社の「販促会議5月号」発売より1ヶ月が経過しましたので、バックナンバーとして原文を以下に記載いたします。
「販促会議」誌は毎月1日発売。続きをすぐに読みたい方は書店までどうぞ。
6月号に第2回が掲載されております。

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「営業担当者・マーケティング初心者のための”顧客視点”入門講座:第1回」

青学コンサルティンググループ パートナー
青山学院大学経済学部客員講師
金森 努


 春、4月。何もかもが新しい季節。広告やSPエージェンシーに入社し、意気揚々とこれからの展開に胸を踊らせている方、事業会社において他部門から突然マーケティング部門に異動させられて戸惑っている方、そしてさらに、「モノが売れない」として悲壮な覚悟で効果的な販売施策を見つけようとしている営業担当者。悲喜こもごもな状態で本誌を読んでいるのだろう。

 そんな皆様と共に、当新連載でこれから1年間・12回に分けて、マーケティングの本当の基礎を学んでいきたいと思う。特に営業担当の方、悲観しないで欲しい。基礎を振り返り、新たな視点で物事を見ることができるようになればモノは必ず売れるのだから。
 また、単に振り返るだけではない。今まで誰もが疑わなかった基礎・常識を見直し、さらに今日的な時代背景の中で新たな視点を見つけていこうと思う。


■当連載の趣旨と読者への質問
 そこでまず、読者にいくつかご質問をしたい。
 第一に「今までマーケティングの基礎を学んできたか?」という点である。現実には実務者中にもその基礎を大学や専門書で学ばずに、自身の勘と経験や先輩の見様見真似でやってこられている方も少なくない。
 しかし、「習うより慣れろ」というか「K・K・D=勘と経験と度胸」でモノが売れるほど今日のマーケティング環境及び生活者の心、企業の意思決定は単純ではない。やはり基本は重要なのである。特にこの「K・K・D」は営業担当者の世界では歴史的に受け継がれている。パーセプション(認識)を変えなくてはならない。
 大きめの書店でビジネス書のコーナーを見てほしい。そこにはマーケティングの専門書が各種取り取り、平積みされているはずだ。マーケティングの大家、フィリップ・コトラーの枕になりそうな分厚いものから、左側のページが全て図やチャートになっている簡易なビジネス書まで様々である。急にこのようにマーケティングの書籍が増えたのは、やはりそれだけニーズがあるからだ。つまり、複雑化した市場に対してもう一度基本から見直してみようとするマーケティング担当者や、「売るためにはどうしたらいいんだ」とこの世界に関心を示した営業担当者がいかに多いかということである。
 第二に、フィリップ・コトラーを読破したか、簡易なビジネス新書を読んだかはともかくとして、「基礎はわかっている」という方。では、その基礎の中から「顧客の側に立った視点をどの程度学び取れたか」という点だ。これからのマーケティングは「顧客視点」こそがキーワードである。基本と共にその視点を身に付けて欲しいのだ。確かにコトラーをはじめ、どの本にも「顧客視点」について語られている。しかし、本連載はその部分に徹底してフォーカスしていきたい。なぜなら、今日のマーケティング環境は「顧客視点」でものを考えられるか否かで、その戦略や施策の成否が分かれるといっても過言ではないからである。
 特に今日のように製品自体が複雑化し、そのスペックが高度化してくると、勢い営業トークはつい、「いかに自社製品がハイスペックであるか」に終始してしまい、顧客ニーズを吸い上げることを忘れてしまう。顧客視点の欠如だ。結果、モノが売れない。このような経験は多くの営業担当者がしていることだろう。日本IBMの瀬戸口社長も昨年11月に日経新聞のコラムで、ご自身の営業時代の経験として同様のことを語っておられた。
 

■時代とマーケティングの変遷と顧客視点の誕生

 でははじめに、今までの時代の変遷とマーケティングに求められてきた役割を整理してみよう。マーケティング担当者としての自らの役割がいかに重要であるか。そしてそのポイント、及び「顧客視点」の重要性がなぜ増してきたかが理解できるであろう。

 1970年代頃までの高度成長期の時代。「作れば売れる」という企業側の理論がまかり通り、「迅速なモノの生産と供給」こそが重要視された。生活者はとにかくモノを欲していたからだ。つまりこの頃は、マスプロダクトの時代であり、マーケティングはあまり重要視されていなかった。(自社製品認知向上のためのマス広告黄金時代ではあったが。)
 また、この時代、営業もあまり重要視されていなかったのだ。彼らは「売り込む」のではなく、「いかに迅速にお届けするか」つまり、ディストリビューターとしての役割が重要視されていたからだ。つまり、企業の主役は生産現場にあった時代なのだ。

 1980年代後半からバブル前までの時代。誰もが欲しがった家電の三種の神器をはじめとして、各家庭にモノが行き渡り、これからはその製品の買い換え需要や新機軸の製品を開発しなくてはならない時代に突入した。今までの「企業理論によるモノ作り」を「プロダクトアウト」として反省し、「これからはもっと市場の声を聞かなくてはいけない!」と「マーケットイン」という考え方に企業も変わってきた。そしていよいよマーケティングも日の目を見だし、「いかに他社と製品作り・売り方等で差別化するか」がテーマになってきた。市場は限られパイの食い合いが始まったからである。そこで「差別化」が求められるようになった。差別化するためには生活者の視点に立たなければならない。「顧客視点の萌芽」である。市場の声を聞かんと各種の市場調査が多数行われ、リサーチャー、アナリストの職種は花形であった。

 時は1990年代後半以降。バブルの崩壊と共に人々の価値観は大きく変わった。バブルの崩壊、続くデフレ不況。勢い人々の財布の紐は堅くなる。しかし、以前と違って人々は「消費の快楽」を覚えてしまった。そのため、「財布の紐を閉めるところは閉める。しかし、自分の欲しいモノは多少無理をしてでも買う」という消費傾向に変化が現れたのである。しかし、こうなると「市場」もしくは「生活者」という大きな枠組みでは「売るべき対象」をとらえることはできない。なぜなら、生活者一人一人で、その「モノの購入に対する価値観」が大きく異なるようになってきたからだ。生活者は複雑化した。もはや個々の見込み客・顧客の視点に立って、その心の中を理解し、アプローチし、クロージングしていくしかない。しかも一度囲い込んだら何度でも取り引きしていただき、継続購入客・ロイヤル顧客になってもらわなくてはならない。また、間違っても競合側に離反するようなことは防がなくてはならないのだ。正に企業同士の生き残りをかけた囲い込みの戦いが始まった。そこで必要なのは何より「顧客視点」であり、そしてCRM(Customer Relationship Management)のような概念が解決策として登場したのである。

 以上のような流れが今日に至るマーケティングの歴史である。いかに徐々に複雑化かつ細分化してきたか。マーケティング担当者という専門職種が正しい知識と実行力を持たねばならないかが理解できたのではないかと思う。


■基礎の基礎を今日的な視点で見直してみる。マーケティングの「4P」。

 「マーケティングの4P」。どんなマーケティングの本を見ても基礎の基礎として書かれている。しかし、その基礎ももう一度顧客視点で見直してみたい。なぜなら、今日は基礎の基礎さえ見直して、常識を疑い再度自分の中で考え直してみなくてはならないような時代になっているからだ。

 今号では「時代とマーケティングの変遷、そして顧客視点の誕生」を解説した。次号では、さらにもう第一歩進めてマーケティングの前述の“基本の基”である“4P”を顧客視点で再度とらえ直すことを解説したい。
 つまり、「4Pとは4つのP(Product=製品  Price=価格  Place=販路  Promotion=販促)の要素をどう組み合わせて、その製品を売るために最適化するかと」うことと定義されている。しかし、製品も高度化・複雑化し、生活者のニーズや価値観も多様化している今日、この「4Pの全てさえ、個々の顧客に対して個別最適化する」ことが必要であるのだ。

 次号にもご期待頂きたい。

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